73 香辛料いろいろある
「石鹸の監修料、これからももらいたいならよろしくね」
「えっ……?」
最後の最後でぐさっと短刀で刺されたぞ……。
「監修料に関する取り決め、書類上では一切してないから。現状、毎月払うことも、いくら払うかもわたしが独自に解釈してやってることなの。来月いっぱいにすることも、毎月百ゴ―ルド払うだけにすることも可能なの。そんな脅すようなことをする気はないけど、頑張って。あははっ♪」
八重歯が見えたので、なんだかんだでこのガキ代官が娯楽でこっちを振り回そうとしているのがわかった。
「つまり、いいかげんに動いてたら、急に監修料が減額されることもありうるってことですか……? こっちは食費がやたらとかかるということも知っておいて、そういう脅しをかけてくると……」
「怖い、怖い~♪ 監修料のとりきめがないのは事実だから、島オリジナルの料理の有無と因果関係は何もないわ。急に安くなったから被害者の心持にはならないでね♪」
リルリルがぽんと私の肩に手を置いた。
「この勝負、そなたの負けじゃ。エメリーヌはこういうことは得意でな。学院卒業一年未満では太刀打ちできぬ」
ぐぬぬぬ……。
「話はわかりました。それと、あまり私を怒らせないほうがいいですよ」
代官に対する口の利き方じゃないが、私も向こうも慣れてきたということで。
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「あやつはいつまでたっても、自分を余より上じゃと思っておる」
港をぶらついてる間、リルリルもぷんすか怒っていた。
代官屋敷の坂をゆっくり港のほうへ下っていく。
せっかく港に来たので、どこかで食べて帰るつもりである。
自分のマニッカの入金額で足りるかわからないが、お金も持ってきている。
「何度もフレイア様への無礼が続くようなら、制裁を加えてやりますわよ」
ナーティアは淡々とそう話すので余計に恐ろしい。
「血の気が多いところすみませんが、向こうは半分友達ぐらいのつもりで呼んでると思うので大目に見てやってください」
「えっ? あれで友達? それは屈折しすぎているのではありませんこと?」
ナーティアが屈折と明言したので、なんか私にまでダメージが入った。「友達になろう」「ぜひに」みたいな単純明快なコミュニケーションだけで世界が回っているわけじゃないんだ。
「あの人はあの人で代官という立場で孤独でしたからね。近い世代の偉そうな奴は新鮮だし、貴重なんですよ。私だけでなく、二人も似たようなもんです。リルリルの場合はもっと早く仲良くしてりゃよかったのにと思いますが、こういうのはタイミングもありますからね」
二人はあまり納得はいってないようだった。
社会に出ると、気楽に友達も作れないからな。
エメリーヌさんもそこでは苦労しただろう。島の同世代の女子は身分としては彼女より圧倒的に下だろうし。
上下関係が強すぎては友達は成り立ちづらい。
身分違いの恋は物語ではありふれてるが、身分違いの友人はあまり聞かない。
それこそ身分という壁を恋という反則みたいな要素で乗り越えることもできないので、もっと難しい。
島の治世が上手いことと、友達を作れることは無関係だ。偉いと友達作りで足かせになる。
いや、それだと、横並びの学院に長くいた私が友達いなかったのが、自分の努力不足みたいになるな。
そんなことはないぞ。友達になろうとしなかった側にだって責任はある。私は悪くない。
「ところで、食べ物で島の名物になるものを作るという話じゃが、案はありそうなんかの?」
「案はあります。この島、果物がそれなりに獲れるのは事実ですよね」
「そうじゃぞ。島民はあまり知らんけど、メロンやマンゴーすらある場所にはあるはずじゃ。すごいじゃろ」
自分が植物本人みたいなように胸を張ってきた。守護幻獣ならそれも正しいか。
「果物や野菜を集めまくれば、どうにかなるでしょ。どうせ、こんなのご当地じゃない果物や野菜を使ったって意味ないわけですし」
「獣はいらんのか?」
想像したら、少し怖くなった。
「この島にしかいない獣を乱獲するのもどうかと思いますし、まずは植物限定で……」
●
それから一週間ほど、リルリルとナーティアは空き時間にいろいろ植物を獲ってきた。
どちらも行動範囲が人間の常識を凌駕しているので、こんなの島にあったんだというような植物まで集まってきた。
二人の能力に見事にはまったのか、想定もしてないものが大量に工房にたまった。
頼んだ時点では果物や野菜、せいぜい木の実ぐらいで思っていたのだが――
「これって、チョウジの葉っぱに近いですね……。この島の暖かさ程度では育たないと思うんですが、亜種かな……。それとも自生してなかっただけで、育てようと思えば島の気候でも育つのか……?」
「果実じゃなくて葉っぱまで持ってきたから驚いとるな」
「そういうことです」
二人は葉っぱから根からなんでも運んできた。
採取能力だけなら優秀すぎる錬金術師だ。この素材だけで独自の薬を作るというのは決して不可能なことじゃないかも。
「珍しい葉っぱなら、これなんかはどうです?」
ナーティアが枝をテーブルに置いた。見た目はそんなに特徴はないようだが――
独特の香りが鼻をくすぐる。形容しがたい匂いだけど、気分をリラックスさせるような……。
私はイラスト入りの植物図鑑を引っ張り出してきた。
「この植物、シナモンの木とよく似ていますね。この島、シナモンも自生してるんですか?」
「その名前なら聞いたことがありますわ。かつて住んでいた島にはもっと匂いが強いものがありましたわ」
やっぱりナーティアは過去にもっと南で暮らしてたんだな。
「まさか香辛料の材料になるものが育っているとは……。青翡翠島は北すぎると思ってたんですが、植物というのは強いですね。案外育つものなんだ……」
これ、もはや香辛料の販売をやったほうが錬金術師より儲かるのでは……?




