72 島の名物の食べ物
メイドさんの案内で通された代官屋敷の食堂には、どこから集めてきたのかわからないようなフルーツが大皿に置かれていた。
「げっ」
「ちょっと。なんで第一印象が『げっ』なのよ。豪華だとか言いなさいよ」
お誕生日席に座ったエメリーヌさんが愚痴を漏らす。
「こんな取ってつけたようなもてなしに裏がないわけがないでしょう。何か要求されるのがわかりきってるのに誰が呑気によだれ垂らして喜べますか」
「よだれ垂らすとまでは思ってないわ。でも、依頼はある」
どうせそうだろうと思った。
せめて依頼するなら自分から工房に来たらどうだと言いそうになったが、そんなことされると余計に断りづらくなるからよくない。敵に交渉材料を与えてはならない。
「あくまでもお願いよ。命令じゃないからね」
一応の謙虚さだけ見せて、エメリーヌさんはこう告げた。
「食べ物でも島の名物になるものがほしいの」
「食べ物の名物? この島にはうまいもんがたくさんあるじゃろ」
地元民代表のリルリルがオレンジ(と思われるもの。この手のは品種が多すぎて正式名称がわかりづらい。すぐ品種改良して違うオレンジを作るからな)をかじりながら言った。
その直後にメイドさんがグラスを人数分並べていく。
グラスの中の液体はきれいな黄色だけど、おそらくオレンジジュースなのだろう。ポーションでこんな鮮やかな色のものはない。
青翡翠島でよく獲れるのは知っている。柑橘類は収穫時期が品種ごとにけっこう違うから、春と夏の間に収穫できるものもあるはずだ。
リルリルはグラスが置かれた直後に口に入れた。
変にありがたがらない様子はちょっと通っぽい。
「うむ。安定してうまい」
リルリルはご満悦なようだ。
味に関しては私よりずっと違いがわかる。
「この島にはこういう自然の恵みがちゃんとある。これを誇ればよかろう」
「たしかに美味ですわね。あとに残る嫌な甘みもありませんわ」
ナーティアは自分こそ貴族だぞというように、ワインみたいな飲み方をしていた。
エメリーヌさんの偉そうなところを相殺できるのでそのままやってくれ。
「弱いのよ、そういうのは」
ぼそっとエメリーヌさんが漏らした。
「『自然が豊か』というのを『田舎』の言い換えに使ってるだけの感性じゃ、これからはやっていけないの。『自然が豊か』で誤魔化せる時代は終わったの」
彼女は軽く自分のグラスを指ではじく。金属的な高い音がした。
高級なものだろうと、代官は何度も飲まされて飽きてるのかもしれない。
「わたしも特産品を否定する気はないわ。でも、こんなものなら南の土地ならどこでもあるの。大陸でも南部ではオレンジを産出するし」
「植生というのはそういうものです」
そんな当たり前のことをいちいち言われなくてもわかる。
「そうね。だから、この島にしかないものがあれば、それはここに来る理由になるんじゃと思ったわけ」
あんたが勝手にやれよ。
「あんたが勝手にやれよ」
「フレイアさん、思ってることが口に出てるわよ」
「すみません……。心が正直なもので……」
「先に不手際を謝りなさいよ! あなたたち、基本的に偉そうだからこっちも変な調子になるのよ! もう少し、身分が上の者の前ではしおらしくしてなさい!」
おっと、そっちも地金が出たな。
「ちょっと前に石鹸作ったばかりですよ。あれじゃダメなんですか?」
「白の王国」は私のところにそれなりの額の監修料が入ってくる程度には先行きもいいはずだ。
「石鹸は素晴らしいわ。でも、あれはいわば輸出品でしょ。軽いからどんどん王都に運ばれている。まさか石鹸を試しに島に来ようとする人はいないじゃない」
「つまり、人を島に呼べるようなものがほしい、となると、それは食べ物だってことですね」
エメリーヌさんは皿に置かれていたこぶりなオレンジ(品種不明)を手の中でくるくる回した。食べ物で遊ぶな。
「そう。でも、人が押し寄せるようなものがほしいとは思ってないわ。それは夢物語だと思ってるし、そもそも大量の観光客をさばけるキャパが島のほうにないから。島に来た人がちょっと楽しいなと思う程度のものでいいの」
「あなたでも、どうにかできませんの? 威張れる程度の権力とやらもあるんでしょう?」
ナーティアがケンカ腰で言った。もうちょっと攻撃性を押さえるよう指導するべきかもしれない。でも、これはこれで面白いかな。
「だ・か・ら、軽くお願いしてるだけ! お・ね・が・い! 命令じゃないの! わたしだって考えようとはしてるっての!」
ムキになってるガキ代官を見ながら飲むジュースはおいしいなあ。ほどよい酸味だ。
「ふん! 空も飛べないくせに」
「ロック鳥さん、それは卑怯なマウントよ。飛べるわけないでしょ!」
こんな寓話、施設の子供向けの本で読んだ気がするぞ。王様に向かって、鳥が「大空を飛べもしない割に威勢がいいな」とか言うようなやつ。まるっきり、同じ構図のことが行われている。人が争うのを見ながらくつろぐのって気分がいいものだ。
でも、さすがにいいかげん割って入るべきか。
「わかりました。島に来ないと体験できない珍しい食べ物がほしいってことですね。ただ、島にしか自生してない果物があるとは限らないので、この場合の食べ物というのは島のものを使った料理も含むと考えてよいですか」
現実的なところに、範囲を拡張しておきたい。
奇跡の果実を追い求めるのは成功確率が低すぎる。島のサイズからして、存在してないだろうし。
「そうね、島を代表する料理ができるなら、それでもいいわ」
「じゃあ、気楽にやりますよ。気長に待っていてください」
こっちに失うものはないからな。催促されてもまだ思いついてないと無限に言い続ければいい。
交渉事なんて学院で習わなかったけど、私は思ったよりもよくやれてる――
「石鹸の監修料、これからももらいたいならよろしくね」
「えっ……?」
最後の最後でぐさっと短刀で刺されたぞ……。




