71 ライバルと切磋琢磨
本の発売日が近づいてきたので、タイトルをそちらに合わせて『錬金術師のゆるふわ離島開拓記』に変更します!
食堂で灯かりがついてるなと思ったら、ナーティアが本を開きながらインクの入ってないペンで単語の練習をしていた。
「まだ山に帰らずに勉強してるんですか?」
褒めているというより驚いている。
ナーティアはリルリルと違って工房で暮らしてはいない。鳥の姿で山上の巣に帰って、また朝にやってくる。工房には通勤してきているわけだ。
もう一緒に暮らせばいいのではと思いしたが、人の姿でベッドで寝るのは落ち着かないらしい。
人の姿に慣れるからといって、寝る時までその姿で構わないリルリルとは差がある。ナーティアはロック鳥の姿になることがリラックスする時間というわけだ。
なので、まだナーティアが残っているとは思っていなかった。
「山に帰ると暗くて勉強もしづらいですから」
そんなに根を詰めなくてもいいですよと言おうとして、止めた。
努力しているのを無理に止める必要はない。
強靭な肉体のロック鳥がこんなことで体を壊すこともないし、人間の私も問題なく起きている時間だ。
「勉強はいいですが、錬金術は誰かと競うためのものではありませんからね。そこだけははき違えないように。いいかげんな覚え方で、効き目のないポーションを作ってしまったら使用者の命にかかわりますからね」
「はい。どこをどう見てもあの無作法な幻獣に負けないようにいたしますわ」
本当にわかっているのかちょっと怪しいが、ナーティアは正々堂々とやる以外の選択をすることはなさそうだから、これはこれでいいか。
ライバルがいること自体は悪いことじゃない。
イヤガラセやイジメがあれば論外だが、純粋に相手を上回りたいと思ってるだけなら、それは自然界にもありそうな崇高なことではないか。
食堂の空いている席に座る。
少しナーティアを見守ろうと思った。
「私も在学中にライバルがいればよかったなと思います。うらやましいです」
「それは得心がいきませんわ。ライバルがいるということは、ロック鳥としてまだまだということですから」
「ロック鳥は覇道を突き進もうとするんですね。このままいけば世界一優秀なロック鳥になるのは確定だと思います」
「いえ、やるからには世界一の錬金術師も目指しますわ」
まぶしい! こんなに照れも何もなく夢を語れるとは!
「私には過ぎた弟子ですね……。もっと大物錬金術師の下で学ぶべきでした……」
「何をおっしゃってますの。わたくしはフレイア様を信頼しているから弟子になりたいと言ったんですのよ。胸を張っていていただかないと困りますわ」
二度寝したいとか言いまくって、ナーティアにまであきれられたら本当にショックを受けそうだし、私ももうちょっとだけ生活態度を改良するか……。
ナーティアの邪魔はこれぐらいにしておこうか。あまり話しかけるとよくない。
もし学院で切磋琢磨するライバルがいたら、私の人生も変わっていたんだろうか。
少なくとも、問題行動を起こして、離島に行くしかなくなるということはなかっただろうな。
でも、それだとリルリルとナーティアとの出会いもなかったわけで……。
「あまり完璧にこだわらないのも、時にはいいのかもしれないですね」
「わたくしは完璧にこだわりたいですわ」
ここは人それぞれの価値観ということで。
「苦いの、嫌じゃ~!」という悲鳴が作業部屋から聞こえてきた。
●
翌朝の朝食の時間、ナーティアはずっと単語を書いたメモみたいなものを凝視していた。テスト当日になんとしても暗記してやろうとする学生のようだった。
リルリルがそのメモを取り上げた。
「あっ、何をしますの!」
「マナーがなってない。食ってからにせよ。作った余に失礼じゃぞ」
ナーティアが何か言い返す言葉を考えている間に、リルリルがこう付け加えた。
「そなたの言う無粋じゃ」
これが効いたらしく、そこからはナーティアは黙々と食事に戻った。
ただ、一般の人間の朝食と違って、鳥の骨つき肉が皿に盛られているので、食べ終えるのに時間はかかる。その時間が惜しくなる気持ちはちょっとわかる。
リルリルも骨つき肉をきれいに優雅にたいらげていく。
私も皿からもらっていいが、私の食べ方が一番汚い。そこは今後の課題として――
「いい空気の食卓になりましたね」
「どこがでしょう?」「どこがじゃ?」
弟子の声が少し重なったところがなによりの証拠だ。
錬金術を学ぼうと気合いを入れてる弟子がいて、私の仕事も(客は少ないが)軌道には乗っている。学生の時に思い描いていたぐうたら生活とは違うが、これも平和でいいじゃないか。
そんな余計なことを考えていたら、そのあと買い物から帰ってきたリルリルにこう言われた。
「手が空いたら代官屋敷に来てほしい――と代官の配下の奴に言われたぞ」
●
「お断りします」
島の代官であるエメリーヌさんと顔を合わせたら、まずそう伝える。これが最適解である。
とはいえ、屋敷のエントランスで早速顔を合わせるとは思ってなかったけど。
「あいさつぐらいしなさいよ。これでも、この島で一番偉いのよ」
「一番偉いのは余じゃ」とリルリルが間髪入れずに言った。
ついでに「あなたを偉いと認めてまではいませんわ。島に迷惑をかけたことを謝ったまでです」とナーティアも言った。
権力には歯向かいがちな我が工房だ。
「話の腰が折られたわ……。もう帰らせて、明日同じ用件で呼んでやろうかしら……」
そんなイヤガラセはやめろ。
「今日はあなたたちを客人として扱うから。食堂へどうぞ……」




