70 ポーション作りの試験
「次に錬金術の歴史ですが、まず安い金属で金銀を造れないかと考えた人がいました」
「まあ、それができるなら今頃世界中、黄金だらけじゃろ。それと金銀の価値が急速に下落するから別に儲けられんな」
生徒がうるさいな。
でも、理屈はわかる。価値の高い金属を作る技術を見つけて、なおかつ秘匿しなきゃ意味はないので大変そうだ。
「もちろん黄金はできませんでした。ただ、その途中の実験で得られた知識が薬作りに役立って、薬草の効力を魔法で強化するのを錬金術師と呼ぶようになりました。道具を魔法で強化したりするのも元の錬金術師の定義には当てはまると。――これで解説を終わります」
書くのが面倒なので、しゃべったら先に終わってしまった。授業って難しいな……。
金属→薬(道具とかも含む)
と付け足したが、これでいいのかな。どこかズレてる気もする。
「量が少ない。黒板持ってきた意味ないじゃろ」
「言わないでください。私も気づいています」
想像してたより解説できるようなことが少なかった。概念的なことだけにしたら単純だ。
「というわけで、一般的な錬金術師というのは薬草ばっかり作る仕事です。私も基礎の部分はそっちです。不平を言わずに学んでください」
ナーティアは「ためになりました」と授業に分不相応なほど真剣な顔で言った。
根は真面目なんだよな。
最初からその態度で来てくれれば争いも起きなかっただろうに。
自分が尊敬する相手の言葉しか聞かない人というのはいるものなので、そういうタイプなのだろう。
「ほいほい、わかったわい」
「リルリル、『ほい』は一回でよろしい。いや、そもそも『ほい』はダメか。『はい』でなきゃおかしいのか……」
そんなことを言ってる間に「ほーい」とリルリルが言った。
教師をあまりおちょくらないでくれ。
「授業態度は最悪ですが、それはそれとして――」
私はカウンターの隅に置かれてある初学者用の本に目をやった。
終わりのほうのページにまで付箋がはさんであるのがわかる。
けど、カウンターには置くな。そこはお客さんの場所だ。作業机に置け。いかん、ここで叱ると話がそれる!
「――リルリルも錬金術の基礎の知識は身についてきたし、簡易ポーションを作るぐらいはやらせてもいいかもしれないですね」
「おっ! ついにか! よし! これで余も錬金術師のはしくれじゃな!」
「はしくれになるにはまだまだ修行がまったく足りません。はしくれのための第一歩というのが正解です。ワークショップのちゃんとしたバージョンぐらいのものですよ」
とはいえ、リルリルは露骨にはしゃいでいた。尻尾が立っているのがその証拠だ。
「リルリルが本格的に姉弟子として振舞うのはムカつきますので、わたくしも大至急いろいろ学びたいですわ……。勉強時間を増やします……」
ナーティアが覚悟を決めたように言った。いい相乗効果が生まれている。どんどん勉強してくれ。
「ナーティアの学習ペースは遅くはないですし、このままやっていけば必ず報われますよ」
あまり必ずとか絶対とか言ってはいけないが、ナーティアが壁にぶち当たるところは考えづらかった。
「それより、リルリル。やけに喜んでますけど、ポーション作りとなると、ここから苦い日々が続きますよ」
「面白くもない本を読む日々よりはマシじゃ!」
●
「苦い……。もうやめたい……」
「何を言ってるんですか。はじめたんだから、もうちょっとは続けてください」
「だって、苦いものは嫌じゃろ。薬ってこんなに苦いんか……」
その日の夜、とことん簡易ポーション作りをやると言ったリルリルはすぐに泣きごとを言い出した。
店舗部分の後ろでも簡単な作業はできるが、本格的に薬草をつぶしたり、火を使ったりするのは作業部屋で行う。これはどこの工房でもたいてい同じだ。
作業部屋がない工房は事実上、ものを売る場所しかないということになるので、厳密に考えれば工房ではない。そんなところに厳密性を求めても無駄だが。
「こうなるだろうなとは思ってましたが、本当にそうなりましたね。錬金術師になるにはこれに慣れないとダメなんですよ」
「聞いておらんぞ……」
尻尾まで縮んだように見える。本当に縮んでるかもしれない。
「いえ、言いましたよ。ここから苦い日々が続くと。分量の確認のために調合した薬草を何度も口にすることになりますから」
「あれってそのまんまの意味かい! 普通はつらい日々の比喩じゃと思うじゃろ!」
言葉は字義どおりに受け取るべきなのだ。でないと、こういう誤解をしてしまったりする。
錬金術師をやって嫌なことは材料集めに山や森に踏み入る必要があることなど様々あるが、「試食」がきついというのもその一つだ。
自分が作るポーションの配合を考える時に、確認はいる。
もっとも、王都の冒険者向けの工房なんかは何も考えず同じ配分の薬草で、ありふれたポーションを量産してるはずだが。
本音を言えば、卒業前の私はそれを目指していた。楽なのは助かる。
でも、そこで終わりたくない向上心のある錬金術師なら自分なりのブレンドを追い求めねばならない。
「フレイア、そなたは平気なのか?」
こっちに矛先が向いたので、私はすりつぶした薬草の入った小皿をとって、ちょっと舐めた。
「こんなもの、効きませんよ。多少、青臭いだけです」
平気な顔をしてると思う。
「なっ……! そなた、毒が効かぬのか!」
そんな能力はない。
あと、毒ではない。毒になりうる危ない草は使わせてない。
野山で名前もわからない植物をブレンドされると危険極まりないので、使用できる薬草はすべて私が選んできたものである。およそ二十種類。
ポーション向きではないものもわざと選択肢に入れてある。
「ずっと続けていれば、これぐらいどうってことないんですよ。ですが、味で適切な調合の配分がわからないと成長もあり得ないわけですからね。これには耐えるしかないんですよ」
リルリルが世界の醜さを初めて知ったような目をした。尻尾がぺたんと垂れていた。
「まっ、一人前の錬金術師目指してもっと精進してください」
リルリルの背中をぽんぽん叩いた。




