69 弟子に授業
ピピッという音が工房に響いた。
鳥の鳴き声ではない。マニッカの音だ。
でも、残念ながらお客さんがマニッカで支払いをしたのではない。まだ営業時間ではない。リルリルがカードを当てて、音を鳴らして遊んでいた。
「リルリル、ダメですよ。そういうことをしてお金のミスが起きてからでは遅いです」
「案ずるな。不正はしとらん。ゼロゴールドのものを購入した扱いにしておるから問題ない。余が行った大陸の店では笑顔を無料で売っておるところがあった」
ううむ……笑顔が無料ですだなんて私では絶対思いつかないセンスだ。意識が高いな。
「それでも、本当に決済する時にゼロゴールドで売ってしまうみたいなことが起きるのでやめなさい」
リルリルはすごく不満そうな顔をしたが、結局やめてはくれた。
いや、私が師匠なんだし、間違ったことは言ってないはずなので、不満そうな顔もしないでほしいけど。
「だって、客があまり来んから、実践の機会がないじゃろ。マニッカもまだまだ普及しとるとは言えんし。使う機会がない」
なんか、ぐさっとくることを言われた。
「しょうがないでしょ……。こういうのはじわじわ広まるものなんです。しばらくは、カード一枚持って買い物に行くなんて落ち着かないって人のほうが多数派ですよ」
マニッカを使うシステム(正式名称の【青翡翠島用先払いシステム】はもはや必要ない)は運用がはじまって、作った分から店舗に納品している。
店舗はほぼ港に集中しているが、たいした数じゃないから離れた村の店も含めてもそのうち全店舗に置けるだろう。
そもそも置いてもらえるかも謎だったが、そこは設置にお金がかからないということで案外素直に受け入れられた。無料というのは大切だ。
もっとも、マニッカを使っての支払いのほうはまだろくに広がっていない。
お客さんからしたらカード一枚で買い物に行くことの抵抗が根強い。私を全肯定してくれるクレールおばさんすらカードを発行はしていたが、港に買い物に行く時は硬貨を袋に入れて持っていくらしい。
お店が損をしたというわけでもないし、地道に広がってくれればそれでいい。
極論を言うと、広がらずに廃止されてもいい。このシステムで私は一ゴールドも稼いでないので恨まれる心配もないし。
思いついたから変な魔導具を作ってみた――その結果があるだけで十分だ。
そして変な魔導具を作るのはなかなか楽しい時間だった。
「洗濯物、干し終わりましたわ」
ナーティアが裏庭のほうから出てきた。
幻獣だろうとロック鳥だろうと、弟子としての仕事はしてもらっている。
「お疲れ様です。お茶はリルリルが用意しますから」
「自分がやらんくせに自分がやってるような感じを出すな」
リルリルがあきれた声を出す。
「お茶ですか。あまり好きではないんですわよね。あっ、リルリルが作るから嫌いというわけではないです。水でいいかなと」
「いちいち言うな。当てつけか」
「言わなかった場合、『余が作るから嫌いなんじゃろ』とかそっちから言ってきますもの」
その様子がリアルに想像できてしまった。
ナーティアはリルリルがいじっていたテーブル上のマニッカ用の箱に目を落とした。
「フレイア様は物作りがお好きなんですわね。こういうのってどう言うんですかしら。からくり?」
「えっ?」
「なんでたった今、気づいたような顔をなさってますの? わたくしと戦う時も何か作っていたじゃないですか。【好戦的水道】と【瞬間冷凍砲】でしたかしら」
そういえば、島に来てからいろいろ作ってはいるなあ……。
でも、そんな趣味までは私にはなかった。長期休暇の魔導具制作は真面目にやってたかな。嫌いではなかったかな……ぐらいだった。
けど、【発光玉】とか、ちょっとした小物を作るのは好きだったと思う。手なぐさみというのか、暇つぶしというのか。
「もしや、私って発明好き……?」
自分の顔に指差してリルリルに聞いてみた。
「知らん。自分のことは自分で考えよ」
「本当に実感がないんですよ。魔導具を作りましょうなんて授業はほぼなかったですし。錬金術師にとったら、おまけみたいな要素なんで」
リルリルは錬金術の本を棚から出してきた。
「たしかにフレイアがよこしてきた本も薬草のことやら、魔法陣のことやらばっかりで、変な道具の作り方の解説なんて全然出てこんのう」
少し不満そうである。別に私はウソを教えてるわけじゃないぞ。学院でも使ってたまっとうな本だぞ。
「わかりました。お二人に錬金術の歴史を解説しましょう。師匠っぽいでしょ?」
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私は黒板を壁に吊るした。
元から工房に置いてあったものだ。先代か先々代かの錬金術師が置いていたんだろう。
そういや、王都でもその日のメニューをチョークで書いてるような店があったな。
「まず、現在における錬金術の定義を説明しますと」
「そういう定義論からはじまるものはつまらん」
なんで生徒二人で学級崩壊するんだ。私に教師のセンスがなさすぎるのか?
「長くはならないから聞いてくださいよ」
「そうですわよ。師を敬いなさい」
ナーティアは風紀委員みたいだから、バランスがとれてるな。いや、風紀委員と不良しかいない学校なんてないな。
「はい、錬金術の定義ですが、これです」
魔法を使ってモノに新しい価値を与える職業
殴り書きの文字で読みづらいけど、我慢してくれ。ナーティアは「ものにあたらしい……」とたどたどしく読んでいた。すらすら本を読むほどの単語力がないから、これはしょうがない。
「この定義に、薬草を調合して魔法加えてポーションを作るのも、マニッカを作るのも含まれるでしょ。だから同じなんです」
なつかしいな。学院に入ってまずこんなのを覚えさせられた。そして、それがテストに出ることもないのでみんなすぐに忘れた。




