65 こんな決済システムはどうですか?
お金を稼ぐ――これが意外と難しい。
錬金術師は国家資格なので食いっぱぐれはない仕事だが、一方で稼ぎまくることもできない。
お金持ちしかポーションや薬が買えない世界はよくないからな。誰でも購入できる値段で、限られたお客さん相手に商売をするので、稼ぎも知れたものになる。
あまりにもきつい状態になりそうなら、教授に泣きつこう……。教授の権力に頼ればどうにかなるだろう。
「あぁ……なかなか体が温かいですわぁ……。ここから工房まで一時間は歩きますわよね。わたくしなら、ひっく……鳥になって飛べばすぐですわよ」
「あっ、お気持ちだけいただくことにします」
ロック鳥の飲酒運転は怖い。空から転落したら終わりだ。傷薬を何百本使っても即死したらどうにもならん。
「では、わたくしは山頂に帰るとしますかぁ……また明日ですわぁ……」
酔い方はけっこう無粋だなと思ったが、本当に怒るかもしれないので念のため言わないでおく。
と、私たちが店の外に出る前に、船乗りらしき三人組が出入り口で店主にあいさつしていた。
「うまかったです!」「ほんとによかったよ」「最高だった!」
「はい、またどうぞ!」
ちょびヒゲ店主がにこやかに三人を送り出した。
おや? 何か手順が足りなかったような……。
ああ、店主がお金を受け取っていない。
「すみません、あの方たちはツケで飲み食いしてらっしゃるんですか?」
私たちもツケなので聞いてもいいだろう。
「ああ、ツケじゃないな」
「おや? じゃあ、店の関係者が無料で飲み食いしたとか?」
それぐらいしか理由が考えつかなかった。
「違う、違う。あの人らは純粋なお客さんさ」
困った、自分が考えられる可能性がすべて出てしまった。
「自分なりに考えてみましたが、降参です。答えを教えてもらえますか?」
店主はヒゲを少し引っ張りながら、こう言った。
「あの三人組はこの島を通る航路を使う船舶会社の人たちでね、事前にお金を会社から多めにもらってるんだ。その額が尽きるまでは自由に飲み食いしてもらうってわけさ」
ああ、提携店に先にお金を払っておくわけか。
それなら店側も踏み倒しの不安を感じることもない。船乗りたちも遠慮なく食べられる。
全員がナーティアやリルリルほど食べたら制限がかかるだろうけど、ここでケチって会社に不満を持たれるよりは豪快に食事させるほうが会社としても得なんだろう。
信用のおける組織(この場合は会社)の先払いならトラブルは起きない。
ならば、お店にリスクがない先払いのシステムがあれば――
「いける!」
私が大きい声を出したので、店主が両腕がバネみたいに胸のあたりまで上がった。
「いけるって何がだ?」
「すみません、こっちの話です」
いいひらめきをもらった。
ちょっと魔導具を試してみよう。魔導具の制作自体は十分に可能なはずだ。
●
私は翌日から工房で魔導具を作成した。
少し特殊な魔法陣を利用しないといけないが、そのあたりは慣れている。どうってことはない。魔法陣がマイナーなことと、魔法陣の難易度が高いことは別。知られてないだけ。
完成品ができると、私は二人の弟子に見せびらかした。
「じゃじゃーん! できましたよ!」
もっとも、弟子はどちらも反応が薄かった。
「これは何じゃ?」「箱と木札ですの?」
たしかに見た目からではまったくわからないな。これは私の説明不足が悪い。
「島の新しい決済システムを私は考えたんです。まあ、聞いてください……いや、どのみち絶対に説明しないといけない相手がいるな」
どうせならそこでまとめて説明してしまおう。
私たちはエメリーヌさんの手が空いている時間を狙って代官屋敷にうかがった。
彼女はこの島の領主の代役、つまり代官である。
まだ小娘だが統治に必要な知識はそれなりに持っている。問題はそれなりに性格も悪いところである。領主は善人すぎるとできない仕事だ。
「一見すると、魔法陣が描かれた木の札と、小さな箱があるだけね。箱に数字のボタンがついてるけど、何をするの?」
「弟子と同じ反応ですね。そりゃ、見たまんまの反応しかできませんよね」
「もったいぶらずに進めて。そんなに暇ではないんだから。読まないといけない書類もあるの」
「わかりました。このたびはお時間をとっていただき、誠にありがとうございます」
とことん心がこもってない声で私は答えた。
テーブルの箱型のほうに木のカードを近づける。分厚いから札と呼んだみんなのほうが妥当かな。
「まず、カードを活性化させましょう。カードをこちらの箱に近づけて、箱の決められた場所に指を置きます。実際は別の人がやると思いますが、今回は客と店との一人二役です」
ピコンッ!
「南国の鳥の鳴き声みたいな音がしましたわね」
ナーティアはいろんな鳥のことを知っているらしい。かつてはもっと南に住んでいたこともあるのだろう。
「今、このカードには三千ゴールド分の支払いができる力があります」
「三千ゴールド分? どういうことじゃ?」
リルリルが首を傾げた。
「そのまんまの意味です。この箱のほうで、商品の値段も入力できます。数字のボタンがありますので、それを押すと金額表示欄のところに数字が出ます。ためしに三百ゴールドのものを入力しましょう」
ガシャンガシャンという音ともに金額表示欄に「300」の数字が出る。
「あとはここにカードを近づけますと――」
ピピッ!
さっきとは違う音が鳴ってカードが青く発光した。
ちなみに、音声や色はおまけでつけた。必須ではない。
「はい、支払い完了です。残り二千七百ゴールド分使えます。お金が足らなくなったら、箱を置いてある店で入金できます。魔力がない方でも入金も決済も可能です。箱とカードが連動して機能するようになってますので」
ナーティアは何もわからないという虚無の顔をしていた。支払いがいいかげんなナーティアがこれを理解したらかえって怖い。
「エメリーヌさんの許可が出ましたら、これを島中のお店に配布させてもらおうかなと。本当は箱とカードの制作費はほしいですけど、それだと普及しないだろうし、空き時間にこつこつ作りますよ」
これぞ、私の提案する決済システムだ。
魔道具<アーティファクト>を途中から 魔導具 に表記を変更しています。ご容赦ください!




