64 なかなかの出費だ
食事が本格的にはじまると、お酒が入ったせいもあるのか二人はどちらも上機嫌になった。
「わたくしが元々いたのはここよりはるかに寒い土地でしたわ」
途中、ナーティアはロック鳥としての来歴を語りはじめた。年代的に本当に神話に片足突っ込んでるようなところがあった。
「そこでわたくしはそれなりに敬われ、畏れられてはいましたわ」
「こいつ本人の言葉じゃ。信頼できぬ語り手じゃと思って聞いておけ」
「変な合いの手入れないでくださいませ。楽しくやってはいたのですが……別の宗教の信仰が入ってきましてね、居心地が悪くなってきたんですわ」
これにはリルリルも邪魔立てしなかった。
きっと他人事ではなかったからだろう。
各地で素朴に信仰されていた存在はだんだんとその居場所がなくなっている。
大昔はリルリルやナーティアみたいなものがうじゃうじゃいたはずなのだ。そこで人間が知恵をつけてくると、じわりじわり居場所を奪った。どちらかというと大いなる存在を敬わなくなった。
居場所が悪くなったというのはそういうことだ。
だから、当然、住むところを変える。
「何度か住むところを替えて、この青翡翠島を選んだというわけですわ」
ナーティアが青翡翠島に来たのは、つまり引っ越しなのだ。
「余は島の者の守り神じゃからな。島の者の苦情が来ぬなら、追い出しはせん」
とリルリルは横を向いて言った。
「ありがとうございます」
とナーティアは横を向いて礼を述べた。
どちらも照れくさいのだ。気持ちはわかる。
誰だって大きな声で感謝は伝えづらい。私もミスティール教授にお礼を言う時は恥ずかしかった。
けど、ミスティール教授もお礼を言われるようなことをしても、あまり言葉にはしなかった。あなたのために何かしましたよと言うのもそれはそれで恥ずかしい。
「ほどほどにやっていきましょう。失敗しても、反省すればいいだけです。学院でも反省する学生は成長して、ダメな学生は反省しないから同じミスを繰り返してました」
「未熟者ではありますが、どうかよろしくお願いいたしますわ。精進はするつもりです」
「かしこまらなくてもいいですけどね。ここ以外に居場所がないという点では私も同じです」
さらっと言ったけど、笑いごとじゃない。
私は青翡翠島の工房に三年は働かないといけない。国家資格の錬金術師は三年は赴任した工房で働かないとよそに移動することはできない。
でないと錬金術師が大都市でばかり開業してしまって、工房のない田舎が増えすぎるからだ。
親がなくて施設で育った私には錬金術師を放棄したら帰るべき家がない。
「青翡翠島から移動するあてがないのは、ナーティアと何も変わりません。ここをホームにしていきましょう」
照れくささはやっぱりあるから、かえって、手を伸ばした。
握手でもすれば言葉だけよりは気がまぎれるかなと思ったのだ。
だが、ナーティアの目がうるみだした。
「えっ、なんで!?」
居場所がないなんて言ったせいか? デリカシーに欠けていたか?
私のコミュニケーション能力は低いから余計なことを言ってもおかしくはない。
「いえ……。フレイア様に弟子入りしようとして正解だったなと思ったんですわ。この島でわたくしも懸命に生きていきますから! 無粋でないように生きていきますから!」
手をものすごく強く握られた。
拷問受けてるのかなというほど痛かった。
「もう放してください! 気持ちは痛いほど伝わりました!」
人間の見た目だからといって、力は人間基準じゃない……。
「あの……そういえば、なんでナーティアはそんなに無粋ということにこだわるんですか?」
「それ、余も気になっておった」
「あらためて理由を説明するのは変な感じですが、信念については語らねばなりませんわね」
こほんと咳払いをしてから、ナーティアはこう言った。
「無粋なことをしないと考えていれば、自分の中で恥ずべきことはしなくなりますわよね」
「それは、そうなりますね」
ここまでは論理的帰結としてわかる。
「自分が恥ずべきことをしないでいれば、つまり、まっとうに生きていられるはずなんです。自分が大きく間違わないために必要なことだなと」
胸に左手を置いてナーティアは少し背筋を伸ばした。
「いい話じゃないですか。なかなか深い気もします」
「おい、だまされるでない。こやつが恥ずかしいと思ってない言動で問題が生じまくったたばかりじゃ。こやつが恥ずかしくないという生き方は別に世間の常識ではない! 信念を持ってる軍人が平和主義者というわけではないじゃろ!」
リルリルがすぐに補足というか、批判をした。
「言い方にトゲがありますわ。他人をすぐ否定するのは無粋ですわね」
「さも善人であるかのようにフレイアが誤解しそうだったので、それは違うと教えたまでじゃ。そっちの問題ではなくて、フレイアの理解力の問題じゃ」
あれ、なんか私も批判されてるぞ……。
たしかにいいこと言ってる人を自動的に善人のように解釈してはいたかもしれない。そこはまた別だ。
「興が冷めたのでお酒がもっとほしいですわ。葡萄酒を五本追加で!」
酒豪の注文方法だな……。
そりゃ、店主の機嫌もよくなるわ。
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とんでもない量の皿が来ては空になるのを延々と見届けて、やっと宴会は終わりとなった。いい点といえば、二人とも長酒をしないということだ。
ナーティアは一気に飲んでほどよく酔った。リルリルは酔いに強いのか全然潰れなかった。私は飲まない。お酒は消毒薬だと思っている。
頭の中でだいたいの勘定をしていたが、人間三人の想定の十倍ちょっとのお金が出たと思う。
これが続くようなら冗談抜きでお金を稼ぐ方法を考えないとまずい。さすがに毎日宴会をすることはないから、耐えられるとは思うけど……。




