63 ナーティアのための宴会
青翡翠島は南の離島だが、飲食店がないわけではない。ただ、店は港に集中している。風待ちなどで寄港する船の乗組員がそこで食事をとるためだ。
なので、そのうちの一軒で陽気に宴会をやる。
いかにもお客さんの中にツケで払ってるような人がいそうな店で飲み食いをするという、錬金術師としての学習も兼ねた行動である。
――というのは、わざわざ説明するまでもなく言い訳だ。
ナーティアのための歓迎会を開くのが目的だ。
もっとも、またひと悶着あって、私たちは店が特別に用意してくれた個室のテーブルにいる。
個室といっても、ついたてで見えないようにしてるだけで、酔っ払いの声なんかはしっかり聞こえる。
「無粋ですわ」とナーティアが言ったせいである。
たしかにこの店のノリは決して高級店ではない。船乗りが大声で騒いでたりするし、格式ある店の正反対ではある。島にそもそも高級店ないけど。
「ったく、わざわざ場所を移さんでもよいじゃろ。ずいぶん、こだわりの多い奴じゃな」
リルリルはあきれた顔を隠さない。
ある意味、私も思うようなことを言ってくれるので、憎まれ役を買ってくれているとも言える。
リルリルの場合、言いたいことは全部口に出さないと気が済まないだけだろうが。
「むしろ、あなたが幻獣であることにこだわりがなさすぎるのですわ。あなたも信仰対象となるほどなんですから、もう少し格式とやらを意識してもいいんじゃありません?」
格式を気にされるともふもふできなそうなので、私としてはこのままでいい。
ケンカになる前に収まりそうだったが、念のため私は立ち上がる。
「はいはい、今日は小規模でも歓迎会ですよ。楽しい話をしましょう」
それから、リルリルとナーティアの頭に順番にぽんと手を載せた。
「わかったわい。平和的にやる」
「自分の祝いの席を乱すようなことはいたしませんわ」
よしよし。
ナーティアが私たちの工房に現れてから五日ほどが過ぎている。
ナーティアが直接村や個人宅に多額の損害を出したわけではないが、島に迷惑はかけたので、直後に大宴会というのは遠慮したのだ。それと、ロック鳥としてお詫びをしてまわる時間も必要だった。
だが、弟子が増えたのに何もやらないというのはあんまりじゃないか。
私なら、そんなセコい師の下で学ぼうとは思わない。
「どんちゃん騒ぎというのは苦手ですが、三人なら問題ないでしょう。好きなように注文してくださ……あっ、すみません。目頭が熱く……」
「あら、泣くような話題なんて出ていましたかしら?」
「友達もいなかった私が、こんなふうに弟子たちのために宴会を開けるぐらい成長するなんて、すごいことだなと……。よくやったなと……」
「こやつ、自分がすごいという意味で感動しておる! こんな図々しい奴、そうそうおらんぞ!」
リルリルがナーティアにあきれる時の三倍ぐらいのテンションであきれていた。
こうやって指摘されるほうがやりやすくはある。
「いいんですよ。人に歴史ありです。私にも歴史があるんです。さあ、注文はどうします? この店、けっこうおいしいですよ!」
「それでは、まずはこの魚のフライを八人前じゃな」
「いきなりフライというのは無粋ですわ。まずはエビの載ったサラダを十五人前」
三人ではありえない数字で、ちょっとむせた。
「どどどどれだけ頼むんですか……」
「腹がふくれるまでじゃ。人間基準の一人前は量がわかりづらくて困る」
「そこは同意しますわ。ひとまず十五人前を基準にいたします。スープも十五人前で。足りないようなら二十人前に変えますわ」
「私がツケにすること確定になりました!」
しまった、見た目が娘だから勘違いしていた。
この人たち、信じられないほどに食べるんだった! リルリルの食事量で学習しておくべきだったな……。
「なんじゃ、そういうことじゃったか」
なぜかリルリルが感心したようにうなずいた。
「何がそういうことなんですの?」
「フレイアは店でツケを実践してみようと思ったんじゃろう。ツケといえば飲食店じゃからな。習慣がない奴はやろうとせんと試す機会もないわい」
やけに好意的に誤解されている。
「それが錬金術とどう関係するかわからぬが、体験してみようという気概は買うぞ」
ツケ体験をしてみようなんて意気込みなど存在しないぞ。店に迷惑だし。
「違います。食べる量が想定外で、お金が足りなそうなだけ――」
「やはり、フレイア様ほどの地位になれば堂々とお金を後日払いにできるわけですね」
「ナーティアは最後まで話を聞いてください。あと、言葉のとおりに解釈してください」
世の中の聖人君子はこんな調子で、どうでもいいエピソードでもいいようにとられるんだろうなと思った。
もっとも、私がツケをお願いすればどうにかなるのは事実ではある。
別に自分が大物だと勘違いしてるのではなくて、お金の足りない地元民を突き出す場所もないので、店側もツケにするしかないのだ。
悪質な常習犯であれば悪代官ならぬガキ代官のエメリーヌさんのところに相談にいくだろう。
サラダが並びすぎるので追加のテーブルが増設されるなか、私は会計のところに寄ってツケの許可を得てきた。
ちょびヒゲで腕が棍棒みたいな店主は笑って許可してくれた。
「店としては、豪快に食べてもらえると儲かってありがたいよ。好きなだけ食ってくれ!」
「いくらなんでも弟子たちにこんなに食べられると、経済的に困ります」
貧乏な工房には国から支援金みたいなものも出るので、つぶれるほど貧乏になることはない。それでも贅沢ができるような額ではない。
「こんだけ食ってくれれば、ちょっと安くするよ。お得意様には優しくしないとな!」
ありがたい。狭い島の中であまり敵を作るべきじゃないのはそのとおりだ。
戻ってきたら、四角形のテーブルが三つ連結されて、巨大な四角形になっていた。ついたてを使って臨時の個室のようにしておいてよかった。
この光景を見られるのは多少恥ずかしい……。




