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錬金術師のゆるふわ離島開拓記  作者: 森田季節
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61 釣りは受け取って

「おやすい御用ですわ」と言って、ナーティアはロック鳥の姿になって飛んでいった。


 で、魚を持って帰ってきた。


 お金を払わずに。


 万引きではない。なぜなら、そうっと盗んだのではなくて、魚を扱う市場に向かって堂々と持っていくと宣言したからだ。


 魚を売る側も堂々としてたから、そういう権利を持ってる誰かだと思ってそのままにして、あとでおかしいぞと発覚したという。


 店舗側が持って帰るのを認めているので、微妙なところだけど契約は成立しているとも言える。


 あとでナーティアに事情を聞いたところ、

「ロック鳥のわたくしに、そのへんの人間が対価を要求するのは無礼でしょう」

 と言った。


 私は本当に頭を抱えた。


 地域によってはいまだに信仰対象にすらなっているロック鳥、その中でも巨体に属するだろうナーティアにとって、買い物という概念はなかったのだ。


 くれと言えば捧げるのが当然で、危険を冒して商売を試みる奴はいない。そういえば、文化人類学とかいう学問が最近できたようだが、こういうのも対象にするのだろうか。


 このままにはできないので、リルリルと私で市場に向かい、事情を説明して許しを得たというわけである。お金も払った。


 ナーティアはそのあとへこんでいた。ロック鳥の姿で、ゆっくり低空飛行していたが、感情というのはけっこうわかるものだ。


「やらかしてしまいましたわ……」

「理解してくれたのなら、いいです。次は大丈夫なわけですから」

「師匠に恥をかかせてしまいました。うかつでした……」


 これは本質的には理解してないっぽいぞ……。


 よくよく考えるとお金を使っての商品の売り買いって、自然界では自明なことではない。

 まして人間などよりはるかに強者である存在は契約関係などいいかげんでも困らない。


 ナーティアは基礎的な読み書き程度ならできていたし、てっきり余裕と思っていたんだが、そんなことはなかった。

 なお、そのことを伝えると――


「貨幣でのやり取りをするのは人間だけですから、ロック鳥の自分はそれを世のことわりとは思っていませんでしたわ」


 とのこと。言いたいことはわかる。筋が通っていると思う。


 ただ、人間の世界で暮らすつもりなら人間の理は学ばねばならないというだけのことだ。

 人間側がロック鳥に歩み寄れればそれはそれでいいけど、方法はないしな……。








 そんな昨日の問題が今日の朝も尾を引いているというわけだ。


 私が作業部屋で薬草をすりつぶしている間も、横で話が続いていた。


「確かなことは、一つの過ちをずっとくどくど言うのは無粋ということですわね。終わったことを指摘されてもなかったことにはできませんわ。無粋です」


 出たな、伝家の宝刀、無粋。

 ナーティアの行動規範は無粋かどうかだ。


「ほうか、ほうか。では、己に恥じないように生きてくれ。できれば周囲に迷惑をかけることも恥じてくれるとよいがのう。こっちからは何も言わん」


「ちゃっかり言っていますわよ」

 こういう人間関係、学院でも見たことあったなと思い出した。


 私の場合、友達付き合いが少なかったが、その分、女子同士の対立みたいなのとも無縁だった。どこにも属さないことで対立を回避できたのだ。その点はよかった。


 友達が多いと、自分の友達同士が不仲ということも起こりうる。友達の友達が友達とは限らないためである。

 三人でしゃべっていて、一人が抜けたら残ってるうちの一人がいきなり抜けた相手の悪口を言うみたいなの、何度か見てしまった……。


 私は知らないふりで作業を続けていた。すりつぶした草から青っぽい匂いが漂う。


 いや~、錬金術師は忙しいな~。忙しくて弟子の言い合いなんてちっとも聞こえないな~。今日もいい品質のポーションをたくさん作るぞ~。


「フレイア様」

「あまり呼んでほしくなかったですね」


 先に名指しで呼ばれてしまった! オブザーバーに徹したかったのに!

「何かおつかいを命じてくださいませ。今度はお金を置いていきますから」

 なるほど汚名返上ということか。よい心がけである。


「わかりました。そしたら、人数が増えたことだし、椅子を一つ買ってきてください。お金を入れてある場所はご存じですよね。店舗スペースの棚です」


 港には家具を取り扱っている商店がある。ベッドもそこで買った。

「はい! やればできるということを証明してみせますわ!」


 ナーティアは胸を張った。

 その様子をリルリルは冷めた顔で見ていた。この幻獣ももう少し友好的にやろうとしてくれ。


「まだ見習いの余が言うのもなんじゃが、あやつは錬金術を習うべきではない。分量を本来の十倍入れて致死量にしそうじゃ」


 そんなわけないだろとは言えなかった。

「そこは私がしっかり教育します」


 そして、お昼過ぎ、一脚の椅子を抱えてドヤ顔でナーティアが帰ってきた。おそらく、ロック鳥の形態で自分の背中に載せて飛んできたのだろう。


「この椅子が嫌味にならない程度の装飾でかっこよかったですわ」

「うん、これから自分の椅子として使ってください」


 そのあと、店じまい前に店のドアが開いた。

「『錬金術工房 大きなオオカミ』へようこそ、どのようなご用件でしょうか?」


 私は接客業らしいいい声で応対した。

「家具を売ってる店の者です」


 あれ? 今回はお金を払ったはずなのに……。

「そちらの工房の方が椅子の代金として大量の金貨を置いていかれたんですが、こんなには受け取れないのでお返しに……」


 勝手に「釣りはいらねえよ」ってことをしないでくれ!


 わざわざ来てもらって申し訳ないので、家具の店の人には帰る時にポーションを渡した。まあ、それはいいとして――


 閉店後、弟子二人と話し合いの場を持った。

「ナーティア、なんでお釣りを受け取らなかったんですか?」


「お釣りを受け取るのが無粋だからですわ。硬貨の枚数を数えて支払うなんて、せせこましいですから」


 なるほど、気持ちはわかる。小説でも、誰かを追いかけるためにあわてて店を出るシーンで勘定だけテーブルに置いたりする。


 でも、これ、私のお金なんだよな。

 リルリルはガチで引いた顔をしていた。


「こやつ、神話の登場人物みたいなこと言っておるぞ。価値観が豪傑すぎる」

 神話の人物に出会えたと思えば少し得をした気持ちになれるな。いや、そんなことはないな。

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― 新着の感想 ―
人間ではないので、人間としての常識は持っていない。 あたりまえといえばあたりまえなんですが、リルリルがわりと常識的なので油断していましたね。 鳥頭ではないだけマシと考えるべきでしょうか。 続きも楽しみ…
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