58 弟子と言われても……
ロック鳥問題が解決したことを代官のエメリーヌさんに報告したら、恋人の命を救ったぐらいに感謝された。
「ほんっとーにっ、ありがとう! お礼に何か、物でお返しさせて。錬金術関係の稀覯書でほしい本があれば、取り寄せようと思うんだけど」
「いやあ、そんなお礼だなんて……。では、百五十万ゴールドほどする本を一冊いただけますか?」
あんまり強く辞退してお礼がなくなると怖いので、我ながら形式だけ辞退して、すぐ要求した。
「案外がめついのう」
人の姿のリルリルが首をかしげた。いいだろ、錬金術師としての成長のための投資なんだから。贅沢三昧のために使うのではない。
「それぐらいなら、どうってことないから。ロック鳥退治に軍隊が数百人派遣されることを思えば安い買い物よ」
「それはそうじゃの」
リルリルもそれを聞いて納得していた。
私たちは青翡翠島の大問題を丸く収めた英雄みたいなものなのだ。
「リルリルも何かほしいものがあったら言っておくといいですよ。守護幻獣として役目を果たしましたから」
「マグロじゃな」
私もエメリーヌさんも何のことだという顔をした。
「ロック鳥がマグロという魚を獲って食っておるそうでな。せっかくじゃから、余も食べてみたい」
大型の魚らしいので、これは漁師の皆さんに汗をかいてもらうことになりそうだ。
代官屋敷からの帰り、人の姿のリルリルとぶらりと村、そして工房へ続く街道を歩いた。
山の頂上のほうに目をやったが、ロック鳥が飛んでいたりはしなかった。
ひっそり謹慎しているのか、海に餌を探しに行っているのか。どちらにしろ平和である。
「錬金術師になってすぐになかなかの大仕事でした。しばらく連休がほしいです」
「工房でぼうっとしておる時間が大半なんじゃから、休日みたいなもんじゃろ」
「口が悪いですね……。そしたら、そろそろリルリルも薬草の調合をやってみますか。売ったら犯罪ですけど、錬金術師立ち合いで練習をするのは問題ないので」
「おおっ! やる、やる! 本を読んでばかりで飽きてきておったのじゃ!」
本当はもっと知識を得てからのほうがいいんだけど、私も弟子には甘いのかもな。
「しばらくは大きな問題も起きないでしょうし、今のうちに調合の基礎を体に覚え込むのはいいんじゃないですか。難しさに気づけば、私への尊敬の念も少しは高まるでしょう」
「そういう軽薄なことを言うからすごい割に尊敬できんのじゃぞ」
「よく聞こえませんね」
村で顔を合わせた人たちにあいさつを交わして、私たちは工房に戻った。今日も今日とて昼だけ営業するのだ。
と、入り口の前で誰かが立っている。
よもや急患か? ただ、焦った空気は感じない。
それと、村の人でもない。青みがかった髪で、お嬢様といった出で立ちで、ワンピースも貴人の外出着といった高価なものだった。
村の人たちに悪いが、島民の装いではない。それと女性にしてはやけに背が高い。私より軽く頭一つ高いのではないか。
錬金術の協会かなんかから派遣されてきた人か? 教授の監査は公的なものじゃないからな。新米がまともに運営しているのか、目を光らせることはあるかもしれない。
「何かご用件ですか?」
私は上目遣いでそのお嬢様に声をかけた。背が高いので顔を見ると自然と上目遣いになってしまうのだ。
「フレイア様! お出かけしてらしたんですのね」
名前が知られている。やはり監査の人か?
「ええと、工房はまだ開店前なのですが、どんなものをご所望ですか?」
「いえ、客ではありません。わたくし、錬金術を学んだことが一度もありませんので、後学のために手ほどきをお受けできないかと思いまして」
なんだ、弟子入りしたいということか? 私の名前なんて、せいぜい学院でしか知られてないはずだが……。
「あの、私はまだ新人の錬金術師ですし、弟子を何人もとるような実績は……」
「実績なら十二分にお持ちではありませんか。わたくし、見事に不覚をとってしまいました。言い訳をするつもりもございませんわ」
ん? なんの話だ?
と、リルリルがくんくん匂うように少し相手に顔を近づけた。
「こやつ、嫌な匂いがする! ロック鳥の匂いがしておる!」
なっ!
「当たり前でしょう、わたくしロック鳥のナーティアですもの」
なんでもないことのようにお嬢様は言った。
「ちょっと待ってください! あなたも人の姿になれるんですか?」
「長く生きていればそれぐらいは。体が大きいと不便な時も多いですから。それで、弟子として置いていただきたいのですが、いかがでしょうか? 人間が長い年月をかけて作ってきた体系に興味が湧いてきたのです」
そんなこと言われてもなあ……。仕返しに来たわけじゃないだけ、マシではあるけど……。




