56 策は一つじゃない!
リルリルが一度、距離を置いて、用意していた金属管を持つ。
これが私たちの秘密兵器だ!
「ええと……まずこのボタンを押すんじゃな……」
実戦で試したことはないから、リルリルは少しぎこちない。そこにロック鳥も突っ込んでくるが、ここは管を持ったまま逃げた。金属製でも少しは動かせる。
「それから、先端の木のかぶせものの部分を破壊するんじゃなっ!」
管をふさいでいる木の部分をリルリルは爪で叩き落とす。
同時に、水が豪快に管から噴出した。
その水がロック鳥にぶち当たる。
「あばばばばっ! なんですの、これは! こしゃくな!」
ロック鳥が離れようとするが、その間も勢いのついた水はその体を狙い撃ちする。
「【好戦的水道】、ひとまずまともに動きはしましたね」
原理はものすごく単純で、起動ボタンを押すと渇きの石が水を一気に吸い込んで、吸い込み切れなくなってあふれた水を狭い出口から放出するだけだ。
ほかにも多少は魔法で調整しているが、とにかく水を勢いよくぶっ放す。
ロック鳥はいったん空に浮かんで、離脱する。
ほぼリルリルの真上に浮かんでいる。これでは【好戦的水道】の威力も弱まる。できれば、もっと水を当てたいところだが……。
「まあ、直撃しなければ、そこまで危険もありませんわね。翼の掃除ができたと思うことにいたしますわ」
リルリルはロック鳥を見上げて、にやにやと笑った。
「ふん、つまり、水が苦しいから逃げただけではないか! 偉そうな態度に実力が伴っておらんな。もう少し謙虚に生きたほうが世渡りはしやすいぞ?」
「無礼ですわね! 道具を使って、やっと渡り合えるくせに!」
「道具の使用をそなたは禁じておらん。負けそうになってから、ぐじぐじ言いおるわ」
「無粋、無粋、無粋……! 少しは後悔させてやりますわ!」
またロック鳥が突っ込む。よしよし、そうでないと勝負にならないからな。
私の魔道具を持つ手にも力が入る。
ロック鳥の攻撃は容赦なかった。ムカついたのは事実らしい。リルリルはぶつかられて吹き飛んだが、管を持つ手を放しはしなかった。
「くっ……。どうせ腹を立てさせて、わたくしが降りてきたところに水を当てる作戦なのでしょうが……」
憎々しげにロック鳥が言った。
あっ! バレてる、バレてる! まずい!
どうしたものか……。普通は試合放棄は放棄した側の負けなのだが、この場合、放棄したロック鳥が遠くに逃げたら、こちらの負けということになりかねない。
「むっ……? そ、そんなことないぞ……。そ、そなた、テキトーなことを並べて、自己を正当化しようとしておるな? ここで逃げたら弱虫じゃぞ。ほれ、弱虫、弱虫!」
煽りが幼稚すぎる。
これでは向こうも乗るに乗れないだろう。
「あなたが水をぶつけるぐらいしか能がないのは知っています。それでも、自分の誇りにかけてわたくしは戦いますわ! 強い水は痛いですがたいしたことはありません!」
ロック鳥が妙に気高いことを言った。
これではどちらが正義かわからないな。
「今度はそのおなかにでも、がぶっとかじりついてやりますわ!」
ロック鳥が急降下してくる。
これまでで最大級の速度で。
「リルリル、どうかしのいで……」
自分の手が破れそうなほど握りしめた。
リルリルが無事でないと、勝ったことにはならない。
だが、わずかにロック鳥の動きが鈍った――ように感じた。
「効いてきたなっ! これでも喰らうがよい!」
リルリルは跳び上がると、ロック鳥の眉間に頭突きを浴びせた。
ロック鳥の目が空のほうを向いて、そのまま後ろに倒れた。砂埃が舞い、岩が崩れる音がした。
「くっ……! どういうことですか。急に体に力が入らなくなりましたわ……。おかげで強襲を受ける羽目に……」
ロック鳥が苦々しげに言う。
「そうじゃろ、そうじゃろ。あれだけ水を浴びれば勢いも落ちるはずじゃ。動きを止める毒がたくさん入っておるからのう」
リルリルがまた水の出る金属管を握って笑う。
「なっ……! ただの水じゃなかったんですか……」
「煉獄蛾の粉が入っておる。つまり、毒水じゃ」
「そうですよ」
私はようやく戦場にはっきり顔を出す。毒が効いてきてるならそう危なくもないだろう。
「過去にリルリルの動きを封じたものと同じものです。相手が大きいので、さらに量は増やしてますが」
リルリルが「過去のことは言うな」と言っているが、無視して話を進める。
「水圧で攻撃していると思ったでしょう。違うんですよ。毒の入った水で目を狙ったんです。体に毒をたくさん流し入れれば私たちの勝ち!」
「ということはあの水の勢いは意図を誤魔化すためのものということですのね」
忌々しそうにロック鳥が言う。
「そう解釈してもらってけっこうです。ちょろちょろ水をかけただけだと、水の性質のほうを警戒されますからね」
「ええ、油断せずに戦う――大変よい心がけですわ。ですが、勝ちと判断するのが早すぎましたわね」
倒れていたロック鳥が翼を動かして、簡単に起き上がる。
私の目の前にロック鳥の巨体がそびえていた。
「毒が回るまで少しは動けるようですわ。その間に一矢報いさせていただきます!」
翼で私を叩くつもりか。その一撃だけでも大ケガにつながるので勘弁してほしい!
なので、私は握り締めていた管をロック鳥に向けた。
そう、私だって武装ぐらいはしている。
その管の開口部から急速な冷気が放たれる。
「【瞬間冷凍砲】!」
ロック鳥の翼が変なところで固定される。
「つっ、冷たいっ! あっ……翼が動かな……」
そりゃ、あれだけ濡れていたものに強い冷気を浴びせれば凍りつくだろう。
「水を使った策は一つじゃないんですよ!」
ロック鳥は再び、変な姿勢で地面に倒れた。
「くうっ……! わたくしとしたことが、こんな無様な敗北をするだなんて! キアアアアア、キアアアアアアアッ!」
よほど悔しいのか、ロック鳥はひどい音量で鳴いた。




