55 ロック鳥対策を考える
数日後、早くも代官屋敷からロック鳥関係の資料が工房に届けられた。
どうやらエメリーヌさんは事前にロック鳥対策のために動いていたらしい。見た目は華奢な小娘だが、代官としては優秀だ。この人も文句なしに島の一員だ。
しかし、資料を見ただけで打開策が思いつくほど甘くはないわけで……。
「う~ん……。弱点らしい弱点は書いてませんね……」
人間の歴史でロック鳥を討伐しまくった歴史などない。
開店前の工房で私は腕組みして、唸っている。
さっきまで何か思いつかないかなと庭を散歩したけど、結局、日の光をほどよく浴びただけで終わった。
リルリルも人の姿で唸っていたが、とくに答えは出なかったらしい。
「余が動けなくなった煉獄蛾の粉をロック鳥にも飲ませてやったらどうじゃ? あやつの動きも止まるじゃろ?」
リルリルの発案はだいたい戦闘的なものだった。発想は悪くはない。
「問題はどうやって粉を飲ませるかですね。弓矢みたいに粉の入った袋を射出する? そんな上手い具合いにはいかないか……。戦闘中はくちばしを閉じてると思いますし」
「余が強引にとっ捕まえて口をこじ開ける」
「それができるならすごいですけど……あの、正直なところ、あんな巨大すぎる鳥を止められますか?」
しばらくリルリルは無言でいた。
それから、ちらっと視線を泳がせた。
「もし正面からぶつかってこられたら、力負けするかもしれんのう……。目の前で見たら、予想以上に大きかった」
「正直な答え、評価します。傲慢は学問の敵ですからね」
リルリルよりロック鳥は大きい。つまり腕力勝負でも勝てるか怪しい。完全に無力化してしまわないと勝ち目は薄い。
無力化か。
水を使った方法が頭に浮かんだ。一つ、いや二つ。どっちもずいぶん初歩的な方法だし上手くいくかわからないが、なんとかこれでできやしないか?
いや、「できやしないか」じゃない。作るしかないのだ。
技術的に試すことはできる。
「魔道具を試作します。原理自体は単純ですが、丈夫な管がないと実現しづらそうです。これはエメリーヌさんに大陸から運んできてもらいましょうか」
●
下準備は入念にやった。まず、山の各所に貯水槽を設置した。
これは一種の確認作業だ。とくにロック鳥に警戒されず、壊されたりもしてないようなので、だんだんと貯水槽を山の上に上げていった。
準備の間、魔物が山から下りてくるという事態は起きていたが、クズ野菜なら食べていいという話をサルやリルリル経由で流したので、大きなトラブルにはなっていない。
【片想い地面】を使って畑地自体は守っているし。とはいえ、山の上にいられなくなる魔物が増え続ければ、罠も覚悟で畑に突っ込む者も現れる。
それまでにロック鳥をこらしめたいところではある。
そして、ついに決戦の日がやってきた。
風がほぼなく空も明るい、なんとも穏やかな日だった。その日を狙って私たちは山頂へと上がったので当然だが。
山頂近くの貯水槽も無事だ。取りつけていた金属管も壊れたりはしていない。
「手抜かりはないはずです。では、リルリル、頼みますよ」
獣の状態のリルリルをぽんぽんと叩いた。
「言われるまでもない。ロック鳥の悪行三昧も今日までじゃ」
リルリルが山頂近くの平坦地に顔を出すと、すぐにロック鳥が顔を出した。
さらに高台の、本当に山の一番上としか言えない不安定な場所に営巣しているらしい。
そこまで高さにこだわらなくてもと思うが、野生動物は高所が本能的に好きなんだろう。
「待ちくたびれましたわ。けど、丸腰で挑まれるのも侮られているようで楽しくありませんし、ちょうどいいですわね」
私は後ろの木のあたりに隠れている。といっても、存在はバレているだろうけど。私も前衛ではないが、いざとなったら戦闘には参加するつもりだ。手は自分用の魔道具に添えられている。
ただ、まさか私だけでなく、こんなにギャラリーがいるとは……。
私の周りには魔物がやたらと集まっているのだ。
魔物に好かれる性質を私が持っているなんてことはないので、これは魔物たちの興味関心のせいらしい。
自分の生活圏が守られるかどうかの戦いだと認識しているようだ。
「ふん、すぐに吠え面をかかせてやるからな! いざ、勝負じゃ!」
「言われるまでもありませんわ!」
ロック鳥がばさりと翼をはためかせる。
次の瞬間にはその巨体が一気にリルリルめがけて突っ込んでいく。
ロック鳥の爪をリルリルが後ろ足二本で立って受け止めようとするが――
吹き飛ばされて、転がっていく!
「ちぃっ! とことん重量級じゃな!」
リルリルが何度か転がったところで受け身をとる。自然界では体のサイズは強さの指標だ。現在、この島で最大のサイズなのはリルリルではなくロック鳥なのだ。
「それはそうでしょう! 大きいことは偉大なことなのですわ!」
今度はロック鳥がくちばしをリルリルに打ちつけてくる。
それはくちばしというより、槍だ。
猛然と何度もリルリルの顔を目指してぶつけてくる。
一発でも喰らったら大ケガだが、リルリルは前足――もう手と呼んでいいか――でそれをすべて防ぐ。
「たいしたことない! くちばしだけの攻撃など単調ですぐに見切れるわい!」
リルリルはそう軽口を叩いているが、そこまで余裕があるようには思えない。一撃を食らうだけで大ダメージになる。
もう魔道具を使ってくれていいぞ、リルリル。ここで大ケガをしたら意味がない。最悪、今回が失敗でも、このロック鳥は次の勝負だって受け入れてくれるなら、新しい策を考えて戻ってきたらいいのだ。
リルリルが一度、距離を置いて、用意していた金属管を持つ。
これが私たちの秘密兵器だ!




