54 先手を打たれた
「師匠よ、一緒にロック鳥退治に汗を流さんか?」
リルリルは悩むことなく、そう言った。
「余がロック鳥を安全・確実に撃退できる素晴らしい薬を用意してくれ。それなら、そなたも納得できるじゃろ?」
そんなに簡単にできたら苦労しないし、もっと気楽に受諾してるっての!
「あのですね! 敵は強いし、知能も高いんです。戦ってみてダメだったから帰宅して薬を改良しますってわけにもいかないんです! 実質一発勝負です」
「心配するな。そなたがちょっとトチっても余は平気よ。大きさだけが自慢の鳥に負ける気などないわ。余を案じてくれるのはうれしいが、さすがに過保護じゃ」
あっ、単純に実力差があるから問題ないということなのか?
「余は幻獣という神に準じた立ち位置じゃ。ドラゴンにしろロック鳥にしろ、そやつらは偉大な獣やおおいなる魔物かもしれんが、幻獣の比ではない」
獣とかの定義を細かく確認してないが、幻獣が偉大な存在なのは事実だ。
「ええ、リルリルがすごいのは認めます。料理の腕もなかなかのものですし」
「そんなところで褒めるな」
「最高級ベルベットの手触りの毛並みですし。あれはいい仕事をしています」
「だから変なところを褒めるな。だいたいいい仕事ってなんじゃ。天然じゃ」
リルリルの気勢をそいだ。
「そなたは余が誰かに戦わされるのが気に入らんのじゃろ。じゃが、余は自主的に戦うんじゃぞ。敵が怖くて逃げ惑う守護幻獣なんて論外じゃ。代官が偉そうな理由が、島に危機があれば立ち向かう点にあるのと同じ理屈じゃ」
「それは、まあ、そうなんですが……」
「そなたの仕事は弟子の余が大勝利を収める魔道具を作ること。余に戦うなと止めることではなかろう?」
くっ……。上手いこと言いおって……。
私は樫の一枚板の執務机を左手でぱーんと叩いた。
そんなに音は出ないし、そのくせ痛かった。失敗した……。まあ、いい。
「ったく、面倒な注文ですね……。受けてやろうじゃないですか! エメリーヌさん、成功したらそれなりの報酬は要求しますよ!」
私はエメリーヌさんのほうを向いた。
「お願いいたします、フレイアさん」
まだエメリーヌさんは悪代官の空気に戻らないらしい。あんまり、しおらしくされるとこっちがやりづらい。
「そう期待しないでください。それと、伯爵家への軍隊派遣の要請は継続してください。使うかどうかは別として、カードは何枚もあったほうがいい」
「はい、わたしも島の代官として全力は尽くすから」
「あと、ロック鳥の生態も大陸の伯爵家のほうで調べてもらえます? 島にある書籍の数なんてしれてますから。事前に調べられるものは調べておきましょう」
もっとも、私のこんな対策は五分後に無駄になるのだが――
●
代官屋敷を出た途端、突風が私に吹きつけてきた。
私は思わず目を閉じる。高台だから体を打つような風が来てもおかしくはないと思った。
リルリルが私の前に立った。
いや、弟子だからって身を挺してまで風を受けなくてもと思ったが――違った。
私たちの前に、人生で見た中で最も大きな鳥が浮かんでいたのだ。
絵で見たものよりはるかに鮮やかな羽の色。
虹を模したような長い尾。
間違いない。間違いようもない。これこそロック鳥だ。
死後の天界がここまで派手だったら疲れそうだが、異界から来たような現実離れした色合いの鳥なのは間違いない。
獣姿のリルリルよりもさらに一回りは大きく見える。翼を広げたら、リルリルを包んでしまえるんじゃないか?
先手を打たれた。
まさか、向こうからやってくるだなんて……。人間を捕食するだなんて聞いていないが、肉食の大型の鳥類なんて珍しくもない。安心はできない。
「あなたがオオカミの幻獣リルリルさんで間違いありませんこと?」
そう、ロック鳥が言った。明らかな人の言葉で。
リルリルは獣の姿に変わる。人のままでは威厳が出ないと思ったか。
「いかにも。それで、いったい何用じゃ?」
「あなたはこの島の守護幻獣として長らく信仰されてるそうですわね? ということは早晩、島のてっぺんに住み着いたわたくしを追い出しに来るはず。どうせなら、こちらから宣戦布告をしようと思いましたの」
楽しそうにロック鳥は話す。
「リルリルさん、わたくしを追い出したかったら勝負に来なさい。わたくしも負ければ潔くほかの島に生活場所を移します。この世は弱肉強食にして優勝劣敗! それが一番わかりやすいでしょう?」
「もとよりそのつもりじゃが、いつ、どこで、どう勝負をするんじゃ? まさかチェスで決めようなどということはなかろう?」
ロック鳥は片方の翼を山のほうへと向けた。
「この島の山のてっぺんでお待ちしていますわ。いつでもかかってくるといいでしょう。挑戦者はいつでも歓迎いたしますわ!」
おいおい、話がどんどん進んでいくが、これでいいのか?
「あの、確認させていただきたいことがあるんですが、お話、よろしいですか?」
ロック鳥が偉そうなので、私は下手に出た。こういう輩はプライドを満たしてあげれば、話ぐらいは聞いてくれることが多い。
「ああ、島の方かしら。どうぞ、話しなさい」
「この青翡翠島の取り合いとして話が進んでますが、常識の範囲内で使用してもらう分には止めませんよ? 渡り鳥が住むことまで禁じる法なんてないですし」
獣が逃げ出すような事態を引き起こさないなら、山のてっぺんにロック鳥がいてもかまわないのだ。南の島だし、渡り鳥が飛んでくることだってあるだろう。
言葉が通じる相手なわけだし平和的に解決できればそれが一番いい。
「無粋ですわね」
とロック鳥がつまらないものを見る目で言った。
「この島のヌシである幻獣がいて、島を手に入れたと思っているロック鳥がいる。ならば、徹底して争うしかないでしょう。話し合いで妥協点を探るなんてロマンがないにもほどがありますわ!」
この鳥類、ロマンのために戦うつもりか!?
「あの……お互い楽しく生活するために少しばかりそのロマンを犠牲にするわけには……?」
「無粋、無粋、本当に無粋!」
なんか鳴き声みたいに無粋って言うな!
「若い女性が安物の政治家みたいなことを言うだなんて! わたくしが山のてっぺんで待つと言っているのだから勝気な言葉の一つでも吐きなさい!」
だんだん私も腹が立ってきた。
「ええと……それは私も宣戦布告をされていると考えてよいでしょうか? たとえば、幻獣リルリルが戦う時に協力したりしますよ?」
「好きになさい。あなたもこの島で暮らす者でしょう? ならばわたくしを追い出すために戦う権利がありますわ。さあ、島を取り返してみなさい! それじゃ、長居も無粋だから、これで去るとしますわ。あははははっ!」
また突風が私の体を揺らす。別に吹き飛ばす意図はない。これがロック鳥の普通なのだ。
そのままロック鳥はばさばさと山のほうへと飛んでいった。
「完全に見つかってしもうたのう」
鳥の派手な長い尾を見つめながら、リルリルが言った。
「ロック鳥からしても、幻獣は目立ちますしね。でも、気は楽になりました」
私は地面を靴で強く蹴った。
「絶対、勝ちますよ! なんとしてもこの島から追い出します!」




