53 錬金術師らしい振る舞い
「錬金術師は何でも屋みたいなものですが、守護幻獣は何でも屋ではありません。もっと確実にロック鳥を追い払う手段はこの世界に存在するはずです。その手段を使う前からリルリルを動員するのは守護幻獣への敬意を欠いているのでは?」
難しいことを言ってるが、つまり「弟子を都合よく危ない任務に使うな」ってだけの話だ。ただ、それを交渉の場に適した言葉に変換している。
ミスティール教授は私がどれだけ孤立していても、見捨てたりはしなかった。弟子の才能を信じてくれた。
教授、私は錬金術師らしい振る舞いができてますか?
弟子のために正しい道を選べていますか?
「筋の通らないことを言ってはいないと思います。おかしな点があれば、おっしゃってください」
またエメリーヌさんはにやにや笑って難題を吹っかけてくるかと警戒していた。なにせ悪代官だからな。私より若かろうと代官なんて人をコマとして使うのが仕事みたいなものだから。
でも、案に相違して、エメリーヌさんは神妙な顔をしていた。
「フレイアさんの言ってることは正論よ。『これは領地の侵略だ。だから、伯爵家が軍隊を出してどうにかしろ』、まったくそのとおり。でも、それは難しい……ううん、不可能」
エメリーヌさんはおおげさに首を横に振った。
「伯爵家からしたら、この島は数ある所領の一つにすぎないし、しかも大きな鳥が山に巣を作っただけとも言える。わたしが分家の取るに足らない女なのと同じようにね」
頭痛がするみたいにエメリーヌさんは頭を右手で押さえた。
「伯爵家はこの件を領地の侵略とはとらえない。だから、軍隊は派遣されない。島の人間が暮らせなくなってるなら話も違うだろうけど、そうはなってない」
「ド田舎の島に大きい鳥が棲みつきましたという話で処理されるというわけですか」
「だから、リルリルさんの力を貸してほしいと泣きつくぐらいしか切れるカードがないの。代官の権力なんてそんな小さなものなの。鳥一羽追い払うこともできやしない……」
そこまで言ってエメリーヌさんは私たちに深く頭を下げた。
「錬金術師フレイアさん、どうか、この青翡翠島を助けてください。代官エメリーヌとして伏してお願い申し上げます」
丁寧に、貴人に向けての礼を彼女は私なんかのためにやった。
これが彼女なりの全力なのだ。決してクソガキの代官ではない。今後も島に危機が降りかかれば、この人は全力を尽くして島を救おうとするだろう。
「頭を上げてください。私がただの意地悪で言っているわけではないと、エメリーヌさんもおわかりかと思います。もちろん、私もエメリーヌさんの誠意はよく伝わっています。そのうえで――平行線なんです」
エメリーヌさんはゆっくりと顔を上げると、
「…………そうね。これ以上の無理は言わない」
両手を広げて苦笑した。
「こんな時、もっと権力があればって思っちゃうな。自分が伯爵の長女なら、すぐにどうとでもなったなって」
顔は笑ってはいるけど、この人もつらいだろうな。
怪鳥を追い出せる可能性があるのがリルリルだけだったら、そこに懸けるしかない。
私も逆の立場なら、同じことをする。
「伯爵家に増援要請を送り続けることにする。伯爵家も三回なら無視できても、十回続けば重い腰を上げるかもしれない。あるいは、いっそ領主の分身であるわたしがロック鳥にケガでもさせられたとなったら……」
「そんな生贄になるような真似は冗談でもやめてください! 笑えませんよ」
エメリーヌさんが本当にろくでもないことをしそうな気がしたので、私は強い語調で言った。
「でも、発想としては悪くないでしょ。わたしも死ぬ気まではない。ただ、足の一本でも折れれば、それでロック鳥が伯爵家へ挑戦したということになる」
「足一本で済む保証なんてどこにもないですよ。すぐに自己犠牲の精神を発揮するのは優秀な代官なんかじゃありません。島のことを第一に思うなら、領主である自分の身をもっと大切にしてください。デカい鳥に占拠されて、トップも不在になったら島はおしまいで――」
「はっはっはっは!」
リルリルの芝居がかった笑い声がひりついた対話をぶった切った。
「そなたらのバチバチのやりとり、なかなか面白かったぞ! これはこれで激しい戦いよな! 興味深く観戦させてもらった!」
静かに聞いているなと思ったら、高みの見物みたいな態度だったのか。
「こっちはこっちで必死だったんですよ。なんで、ちょっと他人事なんですか」
「師匠よ、一緒にロック鳥退治に汗を流さんか?」
リルリルは悩むことなく、そう言った。




