51 大事になってきた
「キーッ! キキーッ!」
赤ら顔をした私の体ぐらいのサルが、ベトベトの粘液に絡まって動けなくなっていた。
「【片想い地面】、無事に成功しましたね」
「なんで、そんな変な名前なんじゃ?」
どうもリルリルはこの名前がお気に召さないらしい。
「魔物のほうは離れたがってるのに、地面側が放してくれないからです。状況をよく表してると思ってるんですが」
「そんな抒情的な名前からは想像できんほど効果が悪質じゃ。もがけばもがくほど体の毛がひどいことになっておる……」
「それだけアクマドコロの粘着力の成分が強力だったんです。すりつぶしただけでも、相当粘っこかったですからね」
アクマドコロの根茎(ヤマノイモなどでイモと呼ばれる部分)はすりつぶすと、ヤマノイモ以上の強い粘着力を発揮する。
この粘着力を魔法でさらに強化して、罠として畑の周囲に設置したのだ。
「あと、片想いは愛らしいことでも何でもないですよ。恋愛沙汰で退学になった学生もいます。やはり学生は色恋に浮かれてはいけなかったんですね。私はノーダメージでした」
リルリルが寂しいものを見る目でこっちを見たが、コメントは差し控える。
「ところで、すりつぶした時に粘液がついた腕がかゆくなったのじゃが、これはどういうことじゃ?」
「かぶれたのだと思います。片想いはかくも悲惨なのです」
私も手がちょっとかゆくなった。多少はやむをえない。
「ということは――」
リルリルの視線が被害者のほうに行く。
「全身にねばねばがかかってるこのサルはとんでもないことになっておるわけか……」
「ケガよりマシですよ。無益な殺生をしない、素晴らしいじゃないですか」
「ちなみに、こやつ、『かゆすぎて苦しい! 助けてくれ! いっそ殺してくれ!』と言っておるぞ」
「ふふふ、無益な殺生はしません」
まあ、苦痛も与えてはいけない気はするが、何の苦痛もなければまた繰り返すからな。二度と泥棒をしないと思う程度の抑止効果はいる。
「フレイアちゃん、助かったよ。レッドオーガザルの仕業やったんだねえ」
聴衆の中からクレールおばさんが出てきた。
「キャベツをやけにきれいに食べてるなと思ってたんですが、両手を使ってたんですね。シカだとああはいきませんもんね」
「ところで、サルはどうしたもんかねえ? 反省したなら逃がしてやりたいんだけど」
サルはもがいて、余計ぐちゃぐちゃになっている。かゆいのをまぎらわすためにも暴れてしまったのだろう。
「ええ。助ける準備もしてきてはいます」
私は白衣のポケットから粉薬の入った小ビンを取り出した。ねばねばと反応して、サラサラにしてしまう薬品だ。
「しか~~~し、これでまた明日、キャベツを狙いに来られると、根本的な解決にならないんですよね。リルリル、どうです?」
リルリルが動けないサルのほうに顔を近づけた。
しばらくしてからリルリルがこっちに顔を向けた。
「すまんかったと言っておるな。そのうち捕まると思っていたが、腹が減ってたまらんので犯行を繰り返したそうじゃ」
今の魔法と錬金術の力では、魔物や動物と完璧にコミュニケーションはとれないので、リルリルの存在は反則みたいなものである。
「言葉自体は信じましょう。ただ――」
もう少し突っ込んで確認しておくべきことがある。
「魔物って人里離れた、山のほうに棲んでますよね。そんな食糧、不足してます?」
人間の場合、穀物の収穫時期の手前が最も餓死者が多いという嫌なデータがある。一番食糧が枯渇する時期がそこだからだ。
だが、飢えが問題になるのは前年が大凶作だとかいった場合のことだ。
「去年も今年も、南方で大寒波が襲ったなんて話もないから、果実ぐらいはあるんじゃないですか。山の木が不自然に枯れているなんて現象も見ていません」
「もっともな話ではあるのう。事情聴取じゃ」
リルリルがまた猿に顔を近づけた。
その顔が次第に曇っていく。
何かよくないことがあったらしい。こめかみまでぴくぴく動いていた。
「リルリル、正直言って聞きたくないんですが、何があったんですか?」
「山に超大型の魔物が棲みついて、こやつらは餌場に近づけんそうじゃ!」
本当に聞くんじゃなかった……。
私は呆然と山のほうを見上げた。
キアアアアア、キアアアアアアア。
キアアアアア、キアアアアアアア。
そんな金切声のような耳障りな鳴き声がうっすらと聞こえてくる。
「なんだい、ありゃ……。あんな鳴き声は聞いたことないよ」とクレールおばさんがふるえるように手を振った。
これは大事になってきたぞ……。
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