50 ベトベト作戦
これだけの恐怖と不快感を与えさせれば――警告にはなる。
ただ、たんなる泥ではダメだ。抜け出してしまえると誰でもわかる。
安全で、かつ抜け出せない泥なんてものがあれば……。
ないのなら、錬金術で作るか。
「それで、『公認派』以外の流派にはどんなものがあるのじゃ?」
「解説は中止です。工房に帰りましょう」
「なんじゃ、泥にはまって気分を害したか?」
面白そうにリルリルが言った。少しイラッとするので、余計ににやりと大物っぽく笑ってやった。
「いえ、気分は最高に晴れやかですよ。なにせ、解決策を思いついたので」
リルリルが口笛を吹いた。やるじゃんという意味だろうけど、育ちの悪い態度だな……。育ちの悪い守り神って何なんだという話だが。
「工房にある植物でひとまず実験です。あと、工房での実験が上手くいったら、採取したい植物があるんですが、休日に手伝ってもらえますか?」
●
小雨がぱらつく中、私たちは朝から森の中に入った。
青翡翠島に引っ越してから感じたことだが、雨がけっこう多い。
かといって、雨を避けて行動しますなんてことをすれば、スケジュールが延び延びになる。困ったことである。
「つかまっておれよ。今回は植物の場所はわかるからな」
「言われなくてもつかまってます! 速度が出すぎです! 危ないです!」
リルリルは私の腕を持って、どんどん森に突っ込む。自分より小さい女子に誘拐されてるみたいである。
時折、ジャンプしないと草に足をとられて転びそうになる。錬金術師にこんなアクション要素は必要ないはずなのに……。
ただ、目的の植物自体は簡単に見つけられた。不幸中の幸いだ。
「おっ、着いた、着いた。これじゃろ」
リルリルが急に止まったので、私は背中にぶつかった。人の姿の時はあまりもふもふしてないので痛い。人間すべて獣みたいにもふもふにならないものか……。
そのあたりにはハート型の大きな葉が広がっていた。
「ヤマノイモの仲間のアクマドコロですね。温暖な地域では、茎の部分が大きく肥大する植物があるんですが、これもそうです」
この種類の植物は滋養強壮の薬として知られているので、ほとんど野生種を見たことがないのに、なじみがあるように思えてくる。
「フレイアよ、これは食えんぞ。地下の部分も茎の部分も食うと中毒を起こす、島の人間は知っておるから手をつけん」
「でしょうね。アクマドコロという名前で毒がなかったら逆に驚きです。あくまでも、野菜泥棒の捕獲に使うだけですよ」
「ん? 茎で足でも引っかけるつもりか?」
草で足を引っかけそうになったのはここに来るまでの私だ。
「この植物から粘着力を拝借するんです。もはや、答えは言ったようなものですね。このへんを掘っていきます――って、リルリル、手で掘るのははしたないですよ! スコップは持ってきてます!」
私たちはアクマドコロの根茎を持って帰った。
リルリルは葉っぱも持って帰った。葉の形がかわいいので花瓶にでも活けるという。
幻獣より風流を解しない十代の女子というのは、ちょっと極端かもという気もするが、風流でごはんは食べられないのだ。
●
後日、私たちは昼のうちにアクマドコロの成分から開発した罠を村の畑の前に設置した。
人が誤って罠にかかると大惨事なので、情報の周知徹底はマクード村長にお願いした。
翌日はまだ薄暗い時間に起きた。といっても、リルリルに起こされただけである。罠にかかってないかなとわくわくして寝れなかったわけではない。
「罠の効果が気になってあまり寝つけんかったわ」
リルリルは少年の心を持っていた。少女の見た目のくせに。
「罠にかかったかどうかの確認なら、十分に明るくなってからでもいいと思うんですけど……」
「じゃあ、今日は乗せていってやろう」
リルリルが幻獣の姿になったので、乗る前にぎゅっと抱きついた。もふれる時にもふっておかねば!
「なかなか出発できん! もう終わりじゃ!」
「ケチなこと言わないでくださいよ、このまま毛の中で二度寝したらさぞかし気持ちいいのに……」
「早起きの意味なくなるじゃろ! キャベツ畑に行くぞ!」
格好をつけて白衣を羽織った。散歩じゃなくて仕事だからな。
畑が近づいたところでリルリルは人の姿に戻った。二人で畑に寄っていくと、遠目にも何かがじっとしているのが見えた。
それと、すでに村の人たちが集まっていて、人だかりになっている。
「おっ、大型のサルの魔物だな」
「キーッ! キキーッ!」
赤ら顔をした私の体ぐらいのサルが、ベトベトの粘液に絡まって動けなくなっていた。
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