49 庭園のほうの森へ入る
私は工房に戻ると、薬やら石やらをテーブルに並べた。リルリルも助手らしく娘の姿で横に立っている。
「やっぱ、毒系は使えませんね。違う方法からアプローチを考えねば」
巨大な獣を捕らえる方法というと、何があるだろうか。
本棚に使えそうな本がないか調べたが無駄だった。
「大型の獣代表としてリルリルに聞きます。大型の獣を捕獲する方法といえば、どういうものがありますか?」
「余を大型の獣として扱うな。幻獣はもっと生物の階梯が上じゃ」
リルリルに腰を持たれて、引っ張り上げられた。
「まあ、私よりは詳しいかなと思いまして。私の知識は錬金術に特化してるので、一般教養はリルリルのが強いです」
「最初からそう言え」
リルリルは私は持ち上げたまま言う。
「よくあるのは罠を使用する方法じゃろ。たいていは踏むと作動する。そなたもトラばさみだとか、落とし穴だとかは知っておるだろう?」
「あ~、踏むと、鋭い歯が両方向からやってきて、ザクッとなるやつですか」
「今回の場合、ザクッはまずいがな。そなたが言ったように、人間が踏んでも安全にしとかねばならん」
「ですです。村の人が大ケガした時点で島にいられなくなります」
「畑ではなくて、もっと山中に設置するなら許可を得ればいけそうじゃがな。猟師だって罠も仕掛けはするじゃろ」
「なるほど、いい落としどころですね。ただ、一つ問題があるとすれば……」
私はリルリルに抱えられたまま、手で×を作った。
「それ、錬金術師の仕事じゃないですね。まさに猟師の管轄かと」
「ほぼ何でも屋みたいなものじゃろ」
「とはいえ、猟師の仕事を奪うことになってもよくないので」
ようやく、リルリルは私を床に降ろした。
「余も内容的に猟師の仕事じゃと思う。だが、この島に専業の猟師はおらん。農業の片手間にシカを捕らえる者がおるぐらいよ。そんないい罠は作れん。だから、そなたに話が来たのじゃ」
「そうなんでしょうね。私の仕事の範囲でどうやって獣と対峙するか……」
ぐいぐいとリルリルが腕を引っ張る。
「煮詰まってる時は散歩じゃ。歩きまくればそのうち解決策を思いつく」
「リルリルが体動かしたいだけでしょ」
テーブルや書斎で唸っているのは楽しくないのは事実だし、別にいいか。
●
集落とは逆側に私たちは歩いた。
方角としては庭園のほうだ。こっちはすぐに湿った森に入る。
現在、この先に住居は存在しないので道らしい道もないのだが、前からリルリルが平気で歩き続けていたため、なんとなくの道ができはじめていた。
人が歩くとそこが道になるという言葉があるが、本当にそうなりだしていた。
道はできはじめで、私一人でなら歩く気はしないが、リルリルと一緒なら通ってもよいかなというラインだ。
「よくこんな道を歩いてますよね。猛毒を持ってるカエルでもいそうですけど」
「そんなのがいたら、それはそれで素材として使えるではないか」
このあたりを歩くと、知らないうちに泥で汚れるので、私の服は散歩用の汚れてもいいようなものだ。
間違っても薬の調合で着るような白衣では出歩かない。
リルリルもたまに白い毛並みを茶色くさせて戻ってくることがある。
「カエルか~。一理あるんですけど、あんまり解剖したりしたくないんですよね。見た目が生き物なものを使うのは抵抗があります。学院はあまり動物から成分をとることはしない流派なので助かりました」
「なんだ、錬金術にも流派なんてあるのか。なんだか武術みたいじゃな」
リルリルには話したことがなかったか。
私以外の錬金術師に会うこともなければ、私の指導が唯一の正解に見えてしまってもおかしくはない。
「いくつもありますよ。といっても、カエルやヘビの種類ぐらい多くあるわけではないです。少し胡散臭いものも含めて、五つは流派があります。流派を自称してる人とか加えればもっと増えるでしょうが」
読んでおくようにとリルリルに渡した本に書いてなかったかな? そうか、初学者に錬金術師に流派があってあまり仲が良くないなんて紹介はしないか。
「錬金術というのは今でこそ体系化されてますが、それこそ『クズ鉄から黄金を作ればがっぽがっぽ儲かるぞ』なんて発想で薬草や鉱石を研究しだした魔法使いがはじめたものなんです」
「欲望が露骨で、余はそういうの好きだぞ」
「なので、スタート地点もバラバラで、流派も自然と生まれていったわけです」
「一つの大きな幹から分派したのではなくて、各地で別のものが勝手に出たのだな」
「その理解でおおむね正解です。すごい師匠の弟子同士が対立して別の派閥を作ることもありますが、主要な流派のスタート地点からして全然違うわけですね」
説明してるうちに私も熱が入ってきた。
学院で概論を楽しそうに話す教師の授業は眠かったが、話すほうはまあまあ面白いんだな。
だからこそ、聞く側のことを放置してしまうのか。自分は楽しいから油断する。
「国から公認されているのは二つの流派だけで、私が学院で学んだのはそのまんま『公認派』というものです。普通、錬金術師といえばこの『公認派』を――うあああああっ!」
急に体ががくっと下がった。
泥の中に足が入っている!
「ぬかるみを踏み抜きおったな。このへんはやわらかい地面が多い。気をつけよ」
「げっ! また、底なし沼ですか!?」
今度はリルリルではなくて私が沈むのか!
「いや、それほどではないぞ。ほら、浅い、浅い」
「あっ……ほんとですね。別に沈んではいない……」
私は近くの木に手をかけて、転倒しないように靴を抜いた。
たしかに、靴が見えなくなる程度の深さで、沼と呼ぶのもおこがましい。
それでも、足の自由が利かなくなると焦る。瞬間的でも恐怖を覚えた。どうせなら体験せずに済ませたい。
待てよ。
これだけの恐怖と不快感を与えさせれば――警告にはなる。
ただ、たんなる泥ではダメだ。抜け出してしまえると誰でもわかる。
安全で、かつ抜け出せない泥なんてものがあれば……。
ないのなら、錬金術で作るか。
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