48 野菜を食べてる奴がいる
今日の私は珍しく朝から村を散歩をしている。
これだけ見ると健康的な生活だが、リルリルに「天気もいいし、散歩に行くぞ」と連れ出されたのだ。自発的な行動ではない。
「昼になると暑いぐらいになるが、朝方はちょうどいいのう」
人型のリルリルが空を見上げながら言う。
「獣の時のリルリルは余計に暑そうですよね。毛皮脱ぎたいって思ったりしないんですか?」
「あのなあ……暑ければ夏毛になるし、寒ければ冬毛になるぞ。獣だってちゃんと調節しておる。この島は冬でもぬくいがのう」
「そおぅ……でふか」
あくびが出かかった。もう一時間眠りたかったなあ……。
「睡眠時間は足りておるはずじゃぞ。朝に太陽を浴びればだんだん朝型になる」
「そんなに朝型になりたくもないんですが……」
「そなた、ミスティールに会ったばかりではないか。今ぐらいは真面目にやれ。ふざけすぎると、あの水晶玉でミスティールに訴えるぞ。今日の夕方も散歩するからな!」
なんか、リルリルから飼い犬のように扱われている気がする……。
でも、料理作ってもらったり、掃除を手伝ってもらったりしてる現状だと、そんなに間違ってもいないか。
「私が真面目になるのは簡単ですよ。でも、それは禁忌なのでやってはいけないんです」
「なっ? 錬金術だと性格までコントロールできるのか?」
「一時的に集中力が倍加して、そのあと長時間だらけてしまう薬なら作れますよ。でもそれって――」
「皆まで言うな。たしかに禁忌の成分が入っておりそうじゃな……」
異様に快活になったり、集中力が増したりする薬を人は麻薬と呼ぶ。そして、ひどい常習性と禁断症状をもたらして、人の精神を破壊する。製造すればその時点で犯罪だ。
「なので、やむなくだらけているわけです。まあ、だらけはしても、サボりはしないから許してください」
早朝なのでまだ村の市場などもやっていない。
ただ、港からの馬が何頭も村にやってくる。市場で売るものを港から運んでくるのだ。
「馬も元気にやっておるようじゃな。どうじゃ、海のほうでは何か変わったことはあったかのう?」
リルリルは人から獣の姿になると、馬のほうに近づいていく。
それからしばらくリルリルが無言でうなずいたり、馬が鼻を鳴らすことが続いた。
何してるんだと思ったが、しばらくしてリルリルはこっちに戻ってきて、人の姿になった。
「馬と話をしてきた」
「発音はほぼなかったと思うんで原理を知りたいですが、人間の知性の限界ということで大目に見ます。何の話をしてたんですか。今日は晴れてよかったねえみたいなことですか?」
だが、リルリルは少し冷めた様子で首を振った。あまり楽しそうな雰囲気ではない。
「たまに街道で魔物を見かけることがあって、気味が悪いと言っておる」
「魔物!?」
おいおい、のっぴきならない話だぞ。
ちょうど、そこにクレールおばさんがやってきた。私たちが村を歩いているのに気づいたらしい。
「魔物の話かい? キャベツ畑もよく荒らされるよ」
「魔物って、この島、何が棲息してるんですか?」
錬金術師という職業柄、島の植物は意識していたが、動物(魔物も含む。なお両者の区別はあいまいだ)には関心を払ってなかった。
猟師の人が仕留めているぐらいの発想だった。
だが、よくよく考えれば、薬草採取の途中に襲われても困るので、ある程度のことは知っておくべきだ。
「山のほうにはいろいろ棲んでおるようだけどねえ。人間を襲うほど凶暴なのはそんなに見ないよ。イッカクジカの角は怖いけど、人を見るとだいたい逃げるし」
イッカクジカって動物なのか魔物なのか。微妙なラインだな。
「ワカレミチだとかイッカクジカだとかシカの仲間ならキャベツもかじりそうであるな。あやつらは完全な草食であるし」
リルリルも腕組みして話に入ってきた。魔物にも詳しいなら話を任せてしまいたい。
「いや、それがねえ、シカっぽい噛み痕でもないんだよ。畑で現物を見るかい?」
クレールおばさんとの人間関係は私のライフラインのようなものなので、もちろん同意した。
●
ほぼ完食されたキャベツがおばさんの畑に転がっていた。
「芯の硬いところ以外、ほとんど食べてますね。生産者への敬意すら感じます」
「呑気なことを言うな。タダ食いに敬意も何もないわい」
リルリルが私の腰をぽんと手の甲で叩いた。
「いや、フレイアちゃんの言うことはわかるよ。ちょっとかじっただけという様子ではなくて、一玉もぐもぐ食べてるからね。これでお金置いてってくれたら解決なんだけどさ」
出たぞ、農民ジョーク。全世界の農家で似たジョークが飛び交っている気がする。
「被害はまだたいしたことないけど、これが広がるようだと困るねえ。いつも頼んでばかりで申し訳ないけどフレイアちゃん、どうにかしてもらえないかい?」
「これも工房の仕事ですから真面目に考えさせていただきますよ」
私の口から真面目という単語が出たせいで、リルリルが鼻で笑った。だから、私はサボりはしないのだ。朝が弱いだけだ。
「魔物に食われないようにする……これはちょっと難問ですね。虫よけの農薬なら作れますが、キャベツをかじった犯人はそんなものでは止まらないので」
キャベツ一個をぺろりと食べるということは、犯人は野ネズミのサイズじゃない。
「犯人が食べて動けなくなる薬なんて撒布したら、野菜を食べる人間にも被害が出るおそれがあります。それでは野菜が商品にならないので、薬以外の解決策がいりますね」
「嫌なにおいを出すとかはどうじゃ?」
「野菜に嫌なにおいがついたら困ります」
「槍の入った落とし穴でも作るか?」
「村の人が落ちたら死にますよ! 数だけ言えばいいってものではないですからね」
リルリルは考えるより先に動きたいタイプらしい。気持ちはわかるけどな。私も幻獣ぐらい、体の自由度がきけばとりあえず動こうとするかもしれない。
「こういうのが出没するのはどうせ夜中か明け方じゃろ? 余が見張ってやろうか?」
リルリルが自分の顔を差した。
たしかに幻獣のリルリルが畑にいたら、魔物は誰も寄ってこないだろう。
でも、その案も却下だ。
「ダメです。一日、二日だけ見張って解決するものではないので」
「そうじゃな、犯人のほうをどうにかするしかない」
「それにリルリルが朝から出張って、私の朝ごはんを作ってもらえなくなったり、起こしてもらえなくなったりすると、私の業務に滞りが出ます」
「自分で起きるという選択肢は存在せんのじゃな……」
リルリルはあきれていた。
「何をいまさら。錬金術師というのは人の生活を楽にするために存在しているんです。これは私の仕事です。リルリルは弟子として私を支えるのが仕事です」
「そなた、口だけは達者じゃな。けど、友達できんタイプの弁の立ち方……」
「人格批判はいただけませんよ」
クレールおばさんが私たちを笑って見ていた。そんなに笑われることをしたつもりもないけどな。自分に正直に生きているからな。
こうして課題が見つかったりするわけで、朝の散歩はしてみるものだ。
リルリル、散歩に連れ出してくれて、ありがとう。
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