47 同業者と認められた
「気にするな。弟子に見透かされた気がしてな。ちょっとした照れ隠しだ」
「こういうのも体罰と言えなくもないですからね!? やりすぎです!」
私たち二人のやり取りを幻獣と悪代官は完全に娯楽として鑑賞していた、
「やっぱ、人間が泣いたり笑ったりしてるのを見るのが一番面白いよね~♪」
「そうじゃな。あんまり悲惨なことになると気分が萎えるが、今回はそういうのもないからよい」
高みの見物をされている間、私は手荒なスキンシップを甘んじて受けていた。
その間、教授が「たまには戻ってこいよ」と言っていたのは本心だろう。
毎日顔を合わせるのが当然だった人と会えなくなるのは物悲しいものだ。私も深く同意するので、「ええ、長期休暇がとれましたら」と答えた。
「一応、まともな講評もするが――お前な、なんで四面とも絵をつけてるんだ? 多すぎるだろ。ここまで弟子に執着してないぞ!」
そう、私の贈ったものは立方体の上と底を除く四面に胸像が描かれてある。どの面も全部私である。
「それは、砂絵のほうが思いのほか、高レベルかつ短時間で成功してしまったので、エメリーヌさんがほかの面もやろう、どうせだから落ち着いた顔以外にも、喜・怒・哀の表情も入れましょうと言いだしまして……」
「笑顔はまだわかるが、なんで怒ってる顔までついてるんだ。これを見て、お前がほかの学生の悪口言ってたことでも思い出せと言う気か?」
「はは……怒った顔だっていとおしい時もあるんじゃないでしょうか……」
「あんまりふざけると、サイコロとして使うからな」
たしかにきれいな立方体ではあるので、砂の重さを無視すればサイコロにはなる。
「ちなみに上の何も書いてない面は押せるようになってましてね……」
「爆発しないのなら、ここで押すぞ」
教授が肖像画つきの箱を押す。私にぶつけるという使い方をしなかったのは幸いだ。
南方地域の民謡が流れてきた。
「中身が空っぽだったので、せっかくなので、オルゴールを入れました。代官屋敷で余ってるものを提供いただきました」
しばらく、民謡が部屋を流れた。
「マイナー調の旋律で盛り上げようとするから、楽しいのか悲しいのかよくわからんな」「こっちの古い音楽はこうなんです」
教授の顔には、余計な機能をごてごてつけるなと書いてあったが、こっちの身にもなってほしい。肖像がついたものを羞恥心なく渡せるわけがない。余計なギミックは照れ隠しだ。
「で、これの魔道具……魔道具? まあ、魔道具の名称はなんと言う?」
そんなもの、もちろん考えてはいなかった。
「【弟子の思い出箱】です」
悪代官が「くっそダサいじゃん」と言った。
これには私も自覚はあった。
●
翌日、教授の乗る船が出る時には、店を臨時休業にして、見送りに行った。
リルリルは獣の姿で行こうとしたが、港で騒ぎになるおそれがあるので、人の姿でお願いした。島の外の人間は幻獣を見慣れてない。
港で教授は【弟子の思い出箱】を手に持っていた。
それ、あまり持ち歩かないでほしい。ここには本人がいるので。
「卒業して間もないから、そりゃ、変わってないわな。とはいえ、安心はした」
「ええ、大船に乗ったつもりでいてください」
胸を張ったら、頭を小突かれた。「お前の不手際の謝罪も兼ねているんだぞ」と言われた。そうだった。
「リルリルさん、今後ともフレイアをよろしくお願いいたします。島にそびえる山に分け入れば一年のうち一度や二度は危険があると思いますので」
「わかった。調子に乗らぬように見張っておくのじゃ。にしても、そなたは落ち着いておるのにのう。誰に似たんじゃ?」
「フレイアの軽薄なのは生まれつきです」
おい、本人の前で悪口はやめろ。
「ですが、軽薄でも人助けはできるし、いい人間にもなれます。親の顔がわからなくても、こいつの人間としての価値は下がりません」
帳尻を合わせるように教授が言った。同時に少し強めの風が吹いた。
教授の長い黒髪がはためいた。王都から離れても錬金術師の貫禄のようなものを感じる。何も知らない人は大物の貴族が来ていたんだなと思っているだろう。
この人を超えることは現実的にいって無理かもしれないが、違う方向性で目立つ錬金術師になるぐらいならできるかもしれない。
まずは工房をまともに一年、二年と経営するのが先だが。
後ろからリルリルが私の背中を押した。
また教授と私の距離が近づく。
今更お元気でと言うのも変だから、私は教授の手をぎゅっと握った。手の大きさに関しては私も教授も大して変わらない。
「しっかりやれよ、同業者」
教授が珍しく微笑んだ。ああ、もう私もプロの錬金術師なのだ。その点では教授と対等だ。
教授はゆっくりと大陸へ向かう船の中に消えていった。
港から背を向けた私にリルリルがハンカチを差し出してきた。
「二人とも気丈じゃなと思ったら、顔が見えなくなった途端に泣き出しおった」
「私、こんな涙もろい性格じゃないはずなんですけどね……。最近よく泣いてますね」
私はハンカチを受け取って、目に当てた。
ミスティール教授、あなたの弟子をやれて幸せです。
「今頃、船の中で向こうも泣いてますよ。教授は大物すぎる錬金術師であるがゆえに友達がいないんですよ。会う人はあの人を目の上の存在にしますから。私は弟子ですけど少しだけ友達だったんです」
「いちいち言うな。余も偉大な者の孤独はまあまあわかる」
今のところ、大きめの雲が浮かんではいるものの、空は晴れている。
教授が大陸に着くまでは嵐なんて来ないでくれと殊勝に私は祈った。
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