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錬金術師のゆるふわ離島開拓記  作者: 森田季節
教授がやってくる

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46 教授のための課題

 やけに時間がたった気がしたけれど、壁の時計の針はほとんど動いていない。

「判断はあってたはず、あってたはず……。治りますように……」


 ちらっと教授のほうを見たが、黙ったままだった。監査中に何か言うのはフェアではないという判断らしい。


 急病人の事案の場合はより詳しいあなたがしゃしゃり出てほしいなとも思うが、何も言わないままということは正しい処方をしたと信じよう。







 そこからは栄養剤みたいなものがほしいというおじさんが来ただけで、閉店時間になった。


 教授に何か言ってやろうと思ったが、こんな時に限っていない。リルリルとともにまた庭園のほうに行ってしまっている。


 店の前のプレートを「閉店」にしようと立ち上がる。

 そう間を置かず二人が戻ってきた。


「けっこう長く話し込んでたんですね」

「別にぶっ通しでリルリルさんと話していたわけではない。が、幻獣との話は新鮮だった。幻獣の知人はあまりいないからな」


 ということは幻獣の知人自体はいるのか。教授の人間関係はどうなってるんだ。

「余も学院時代の師匠の話が聞けて有益だった」


 リルリルはにやにやしている。

「まるで弱味でも握ったような顔してますね」


 自分の過去を自分がいない場所で話されるのって、独特のストレスがある。

「今夜は港のほうに宿をとっている。フレイア、そこまで付き合え」


「えっ、港までけっこう距離あるのに――」

 教授ににらまれた。


「喜んでご案内させていただきます」

 じゃあ、ついでに課題も用意していくとするか。







 夕食は宿の一階に併設してあるレストランでとった。


 宿の中にあるのでこれまで気づかなかったが、こんな店もあったんだな。貝の出汁のきいたスープがおいしい。こんなもの、王都で食べたらとんでもない値段になるぞ。


 だが、味のことなんてどうでもよくなった。


 料理を給仕してくれるおじさんが、教授に向けてこう言ったのだ。

「二日続けてのご利用、本当にありがとうございます」と。


「えっ? 昨日から島にいたんですか!? 今日、到着と聞いてたんですが……」


「そうだ。昨日のうちから島に入って代官様のところにあいさつに行ったり、村でお前の評判を聞いたりしていた。今日着くというのはお前用のウソだ」


 悪びれることもなく、教授は言った。ったく、監査のためにそんなに全力を尽くさなくてもいいのに……。


「まあ、それでだな……話を聞いた限りでは」

 教授はそこで焼いたタイの料理に視線を落とした。


「お前の評判は上々だ。薬というよりも、魔道具のほうで活躍しているようだが、人の役に立っているのならそれでいい」


 私だけでなく、リルリルまでにやにやしていた。この人、弟子を正面から褒めるの、恥ずかしいんだな。そういうところはかわいいな。


「何を笑っている?」

 王都のゴロツキでも震え上がりそうな目がこっちを向いた。


「いや、褒められてるんだから笑ってもいいでしょ! 師匠が弟子を褒めたんだから、この場には幸せな人しかいないはずなんですよ」


「あまり調子に乗るなよ。薬の扱いはまだまだ手際が悪い。全体的に素人臭い。学生気分が抜けていない」


「褒めた分をけなして帳尻を合わせようとするのはバッドマナーですよ」


「いや、純粋にお前の技量の問題だ。知識はあるが、経験は知れているからな。これから上を目指すなら、もっと精進しろ」


 また向上心を持てと言われてしまった。


 とくに目指す上なんてないけど、と言うのはさすがに控えた。卑屈になりたくないのではなくて、教授が本当にがっかりしそうだったからだ。


 でもなあ、学生の時は必死に教授の指導についていったとはいえ、教授より上を目指しますというのは、錬金術で世界トップの実力になりますと宣言してるようなものだから、さすがに言えないぞ。


 教授は王家のお抱え錬金術師になっていてもおかしくない実力者だし、実際一度オファーがあったという話なのだ。


「今はこの環境に慣れるのが先かなと、そう思っています」

 ものすごく無難に答えた。


「そうだな。慣れていってくれ。それと、工房の働きのほうは見たが、お前、事前に出した課題のことは忘れてないか?」


 リルリルが私より先ににやりと笑った。

「ご心配なく。用意はしてあります。それでは、あとで悪代官のところに行きましょう」


 悪代官と呼んだことは教授に叱られた。たしかに教授の手前で、羽目をはずしすぎた。






 悪代官……ではなくエメリーヌさんは楽しそうに私たちを屋敷に招き入れてくれた。私たちはまた執務室に通された。教授と念話器で通信したあの部屋だ。


「まさか、二日続けてこの部屋に入るとは思いませんでした」

 教授が少し戸惑い気味に言った。昨日の弟子の謝罪もここでしたらしい。


「今日はお客人として遇させていただきますから、ご安心を。当然、下手したてに出なくてもけっこうですよ」


 エメリーヌさんも教授には丁寧に接するらしい。

「そなたがエメリーヌに水道関係の連絡を怠ったせいじゃからな。改めて反省せよ」


「リルリルも私に教えてくれなかったんだから、責任ありますよ」

 私はリルリルを肘で小突いた。


「だが、どうしてここに呼ばれたのかはよくわからないのですが。もしかして、ここで誰かと通信でもするのですか?」


 教授も執務机にこれ見よがしに置いてある【念話器】に目がいったらしい。

 しかも、今日は二台置いてある。【念話器】を知らない人でも、水晶玉が机に二つあったら、なんかやるのかとは思うか。


「いいえ、ハズレです。ただ、課題と水晶玉は関係あります。まっ、そろそろもったいぶらずにお見せしましょうか」


 私は用意していたものを取り出す。小物が入る程度の小さな箱だ。

「これの中身が課題です。教授のために作りました」


「せっかくだから、この場で検分するぞ。まさか爆発したりしないな?」

「そんなものは持ち込みません。私も巻き込まれるじゃないですか」


 教授は不審な顔を残しつつ、箱を開けた。それから中身をじっと眺めた。

「これは砂の絵か? 砂で描いたお前の肖像画か。いや、それにしても……精巧だな。胸像だが目に映ったままのような……」


 教授が取り出したのは、絵が描いてある立方体に近い木だ。積み木にしては少し大きいし、どちらが上かも明確だ。木の表面に、写実的な私の絵が貼ってあるからだ。


 もっとも描いたというより、砂を置いたと表現するべきだが。私にそんな絵心はない。

「このサイズ、そういえば水晶玉に映る像に近いな。魔力に反応して固着する砂を作って、それを使用した――原理はそんなところか」


「へええ、わかるんだ」とエメリーヌさんが感嘆のため息を吐いていた。エメリーヌさんにはすでに仕組みは話している。


「ご明察です。極めて細かい砂を色ごとにり分けてから、魔力でひっつく力を与えました。あとはエメリーヌさんに念話器で通信をしてもらって、私の顔が映っているところに砂を置いていってもらいました。顔が映っている箇所はより強く魔力の反応が出ているので、そこにだけ砂がくっつくわけです」


「水晶玉には薄い布をかぶせておるので、直接はひっつかん」とリルリルが補足した。

 あとは砂のついた布をはがして、木に貼りつける。


「正確には、絵の作成はわたしですけどね。フレイアさんの顔が映る念話器の前にフレイアさん本人はいらっしゃいませんから」


 あっ、余計なことを。じゃあ、フレイアの課題とは呼べんなと言われたら困るじゃないか。


「悪代官……いえ、エメリーヌさんに砂絵のセンスがあって助かったのは事実です。砂を置くのが壊滅的に下手だと終わりですから。本当に写実的な絵になりました」


「念話器を使っているのでわずかに球面に映ったように曲がってますが、ゆがみもできるかぎり修正しました」


 エメリーヌさんがどうだという顔をしていた。芸術全般の手ほどきを受けたことがあるのかもしれない。木にしわなく布を貼るのも上手いしな。


「フレイアが言っておったぞ。ミスティールは弟子の肖像画もちゃんと喜びそうだと。そこに錬金術の仕組みを入れれば肖像画と比べれば気恥ずかしくもなかろうと」


 にやにやとリルリルは笑いながら語る。

 幻獣基準だと、この場の全員が正真正銘の小娘に見えている可能性はある。なら、ミスティール教授だっていきがっている子供と大差ないのではないか。


 教授はばつの悪そうな顔をしていたが、しばらくしてから私のほうに近づいてきて、

「ああ、うれしいぞ。愛する弟子が肖像画を送ってくれるわけだからな。遠路はるばる 南の島まで来て様子を見に来たが、これで遠く離れても我慢できそうだ」

 と言った。


 同時に私の髪をくしゃくしゃにして。

「ちょっと! 言動が一致してませんよ! 髪をいじくるのやめてください!」


「気にするな。弟子に見透かされた気がしてな。ちょっとした照れ隠しだ」

「こういうのも体罰と言えなくもないですからね!? やりすぎです!」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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