44 教授対策を考える
「よし、その草は確保です! いい感じです!」
「そなた、なんか突然、真面目になったのう」
リルリルは人がすっぽり入れる巨大サイズの籐カゴに草を放り投げる。このカゴは肩に担ぐタイプだ。肩に担ぐ関係でリルリルは自動的に人の姿で来ている。
山中に分け入っているので、手が空いていないと危なっかしいのだ。リルリルに危険という発想はないだろうが。
「このままだと商品がやけに少ない工房を教授に見られることになりますからね。とてもよくないです。商品として求める人はいなくても、用意はしときます」
商品棚が充実していないと、格好がつかない。大変でも貴重な薬草が必要だった。
いや、見た目の問題ではなくて、本当に怒られるからな。サボり扱いされてしまう。事実、サボっている面もあるのだが……。
「今日はあと三種類、薬草を採ったら帰ります。そこまでお願いします」
「三種類ぐらいなら、余一人で持ってこられるけどな」
「いえ、島のどのへんに生えているか知らないとボロが出ますのでダメです。そういうのは、あの人は必ず感づきます……」
「そういえば、すでに怒っておったな。余にはミスティールの声は聞こえんかったが」
●
先日、代官のエメリーヌさんにミスティール教授が来る予定になっていると聞かされたあと、すぐに解散となったわけではなく、もうひと騒動あった。
エメリーヌさんはメイドに大きな水晶玉を持ってこさせた。いかにも占い師が持ってそうなものだが、これは占いの道具ではなくて、れっきとした魔道具だとすぐにわかった。
「【念話器】ですか。やっぱり代官はお金持ちですね」
「皮肉はやめてよ~。大陸のほうから命令伝達をする時にこれは必須なんだからさ。予備も含めてこの屋敷だけで三台あるよ」
これ、数え方は「台」なのか。
念話器というのは、遠隔地の相手と魔法を使って連絡を取り合う魔道具だ。
一見すると、非常に便利なのだが、魔力がないと使用できないので、大半の人には水晶玉にしかならない。占い用になら使えるかもしれないが。
「こう見えても、魔法の練習もさせられてたからね。分家の末端でも伯爵家は魔法の教育は欠かさないってこと」
「それで、ここに水晶玉を持ってきたってことは、教授と話をしようってことですか」
「当たり♪ 本人から到着予定の日時を聞いたほうがいろいろと楽でしょ?」
この悪代官、イタズラをしても許される環境で育ってきたな。
「さあ、どうぞ、どうぞ。たくさん通話しちゃって」と強引に促された。
私は、こほんこほんと咳払いしてから、水晶玉の後ろに左手をひっつける。なかなか緊張するんだぞ。
「ところで、この魔道具は相手とタイミングが合わんと会話できぬ気がするが、相手にはわかるのかのう?」
「ああ、それは大丈夫ですよ。向こうの水晶から光が出たり転がったりして気づけるようになってます」
しばらく左手をひっつけていると、じわりじわりと水晶玉の(私から見て)正面部分に教授の胸像が映った。幸い、向こうも念話器がある場所にいたらしい。水晶玉が反応したところで、そこにいなければどうしようもないからな。
「あっ、教授、お久しぶりで――」
「お前はバカか!」
私の頭に教授の罵倒が響いた。
水晶に当てている手を伝って、向こうからの発信が音声も伝えてくれるシステムだ。厳密には向こうからの音声ではないのだが、向こうの声が聞こえているように感じる。
「あの、開口一番、バカ扱いはひどいのでは……」
「お前が何をしたかはすべて聞いている。領主の面目をつぶすようなことをするな。危なっかしい!」
「実際、変な絡まれ方をしています」
水晶玉の奥でエメリーヌさんが手を振っている。自覚があるなら、改善してほしい。
「すでに聞いているかもしれないが、今度、休みを取ってお前の工房の監査に行く。船が着くのは十日後か。監査だから、港に迎えに来たりするな。こっちから出向く」
「抜き打ちじゃなくて、スケジュールを教えてもらえるのは助かります」
その日に一番工房が充実しているように見せかけてやる。
「ああ、せっかくなので、課題を一つ出しておこう」
「おっと、急用ができました」
私は水晶玉から左手を離した。映像が途切れる。
ただ、水晶玉が発光しまくったので、無視するわけにもいかなくなった。
「何が急用だ! こざかしいことをするな」
「課題なんてほしくないので深層心理が邪魔をしました」
「お前に出す課題は……そうだな……」
「思いつかないならナシが一番です」
「何か変わったものを用意しておけ」
抽象的な内容だな。
「変わったものといえば、幻獣がいます」
後ろから「それは、そうじゃな」と声が飛んできた。
「お前が何か作らないとダメだ。では切るぞ」
通話は一方的に切られた。思ったより叱られなかったが、その分、直接会った時にいろいろ言われそうだな。
それははそれとして、変わったものか。ううむ……。
「何も思いつかなかったら、石鹸を渡してお茶を濁しましょうか」
「そなた、必要最低限しか働かないタイプじゃな」
リルリルが心からあきれていた。
●
というわけで、教授と顔を合わせる前に早くも軽く叱られた私なのだった。どうせ再会したら再会したで叱られると思うので、少しの損である。
山中だけで見つけられる薬草は相当な量になった。やはり、リルリルは優秀な弟子だ。
工房に直帰するのも芸がないので、途中の見晴らしのいい岩の上で、弁当を広げた。リルリルの手作りだ。パンの間に焼いた肉などがはさんである。
「うん! シンプルなのにおいしいです。肉汁がパンにしみています」
「シンプルだからおいしいのかもしれぬぞ。運動の直後は塩気の多いものがほしくなる」
山賊みたいなことを言っているが、リルリルは岩の上で女の子座りをしている。置いてある大きなカゴが幻獣みたいに見えた。
「おかげさまで薬草は十分手に入りました。希少な薬草で作った商品を並べておけば、その場しのぎにはなるでしょう」
「しのぐ気満々か。薬草はいいとして、ミスティールが出してきた課題のほうは、どうなっておる?」
私は嫌な顔をした。
「思いついてないから、足で稼げる薬草集めに注力してるんです……。う~む……石鹸を渡すことになりそう……」
石鹸はお土産にちょうどいいし、生産にも私が関与している。課題を出される前に完成しているのが審議対象になるかもだが、内容としては文句ないと思う。
「まあ、何でもよいじゃろ。ミスティールという者は余の感覚からすると、弟子をかわいがるタイプのようじゃし。何を渡してもそれなりには喜ぶじゃろ」
「弟子をかわいがってはくれますよ。同時に厳しくもあるし、怖くもあるんですけど」
「前も似たようなこと言っておったな。しかし、聞いた話じゃとミスティール門下の者はほぼおらんそうじゃが、大物の弟子という立場はみんなほしがりそうなもんじゃがの」
言われてみれば。
私は小石をとって、岩の上に文字を書く。白い粉が載って、ちゃんと「名声」と書けた。
「こう考えてください。天秤の片側に『名声』が載るとします」
「そっちに天秤は傾くのう」
「では、逆側に『厳しい指導』を載せます。すると――」
「指導のほうに傾くのか。そういうもんか」
理解が早くて助かる。私は「厳しい指導」の文字を〇で囲った。
「苦しい思いをしなくても錬金術師にはなれます。大半の人はそれなりの指導を受けて、素直に錬金術師になれればそれでいいんです」
「じゃあ、そなたは」
「私にはほかに何もないですからね。家族も親戚もいませんし」
ああ、よくないな。暗い話になってしまう。
「まっ、錬金術師として偉くなりたいって気持ちだけでやってるなら、もっとだらけずにてきぱき暮らしてるはずですし、あくまでも一面ですよ。人間ってのは矛盾の多いものなんです。はい、この話は終わり! 教授が喜びそうなものを考えましょう!」
「いっそ、弟子の肖像画でも渡してやったらどうじゃ?」
私に合わせたふざけた調子でリルリルが言った。これはリルリルの気遣いだ。ありがとう。
「冗談のつもりなんでしょうが、肖像画ってのは意外とアリです。内心で喜んでくれそうな気はします。問題は本当に絵を渡したら、私がヤバい奴になることですが……ん?」
でも、そこに錬金術の要素を加えれば……。
まさに錬金術の課題ということになるか。
いける!
私はぱちんと手を叩いた。
「リルリル、ありがとうございます。その案でいきましょう」
「はん? 肖像画を描いてもらうんか? 画家なんぞ島におらんぞ」
「いえ、そこは錬金術師らしく錬金術でやります。絵心がある人がいるに越したことはないですが、試行錯誤を重ねて補いましょう」
「ま~た、なんか思いついたか。いったい、何が必要なんじゃ?」
「さらさらの細かい砂がほしいです。となると、海の近くで集めたほうがいいですね。それと、【念話器】を使わせてくれとあの悪代官にお願いに行く必要があります。あれが複数台ないと成立しないので」
「エメリーヌに悪代官って言っていたとチクっておこう」
あの人はそんなことで怒るほど純真な奴じゃないぞ。
砂を集める作業は地味で面白みもなかったが、無事に終わった。悪代官も念話器の予備を貸してくれと言ったら、渋ることなく貸してくれた。
――そして、教授がやってきた。
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