43 怖い人が来そうです
「実際に使ってみたけれど、とても気持ちよかったよ! こんなに体中が泡で満たされる石鹸なんて見たことがない。そう断言できる!」
開店前に馬車で工房にやってきた代官のエメリーヌさんは開口一番、私たちにそう告げた。
「はい、あれはヤシの油分だからこそできるものなんです。もちろん魔力を加えもしましたが、ヤシでなければあそこまでのものはできません。泡立つだけでなく、きめ細やかで優しい泡です」
「なるほどね。お見事な腕前ね。そして、原材料であるヤシは――」
「「青翡翠島にしか生えてない!」」
私はエメリーヌさんに声を重ねた。
「どうじゃ。これなら堂々と青翡翠島の特産品として送り出せるじゃろう?」
人の姿のリルリルが両手を握り締めて、勝者のような顔で笑っていた。
「ええ。依頼から一か月以内に特産品ができるだなんて信じられない。そうだ、せっかくだから、いい商品名を決めたいと思うのだけど、【青翡翠島名物「白の王国」】でどうかしら?」
「白の王国? 勝手に国を名乗るとはようやりおるわ」
「別に商品名なんだから少しだいそれてもいいでしょ。地名だけとって青翡翠島石鹸と言ったのではそのすごさが伝わってこないし」
「そこは何でもいいですよ。お任せします。貴族や大商人がほしがるようなネーミングは代官様のほうが詳しいと思いますし」
エメリーヌさんは私の右手を自分の両手で包むと、
「フレイアさん、本当にありがとう。あなたは青翡翠島の英雄よ」
と言った。
「英雄は言い過ぎだとは思いますけど、褒められて悪い気はしませんね~♪」
ここで謙遜するのも変だし、いい気持ちになっていよう。
「自慢じゃないですが、これでも自分の学年では学院最高の成績だったので、今回はその力を発揮できたのかな~と」
「うわあ……。『自慢じゃないが』と言って自慢する奴って実在するんじゃな」
リルリルが痛い人を見る目でこっちを見た。一応、師匠だぞ。
「あっ、そうだ。学院で思い出したんだけど」
エメリーヌさんはふところから手紙を取り出した。
包みだけを見ても、貴人に差し出す正式なものということがわかった。
領主であるエメリーヌさんに宛てたものだろう。ほかに貴人と呼べるような人、島にいる気がしないし。リルリルは偉いが貴人ではない。
「先日、学院にフレイアさんの働きをお伝えしたと言ったよね?」
「報告書のことですよね。その返事が来たんですか?」
エメリーヌさんの報告に対する返事だから、私宛てのものではないだろうが、いいことが書いてあったから教えてあげようとか、そんなところかな。
「お返事はミスティール教授からのもの。あなたの指導教官だったそうだし、妥当よね」
「あっ、教授からですか! それはそれは、教授にはお世話になりっぱなしでした」
書面に、ねぎらいの言葉でも書いてあるのかな。
だとしたら、なかなか胸の熱くなる話だぞ。
「『上水道の話、細かく聞き及びました。教え子が問題も起こしたそうですが、大事にならずに済み、地域のお役にも立ったということで、指導教官として安堵しております』」
ふむふむ。
「『世間知らずな教え子なので、今後とも何かと面倒をおかけすると思いますが、どうか寛大な心で接してやっていただければ幸いです』だって」
「よかったです。こういうのって気恥ずかしいながらも、悪くはないですね」
教授もあきれつつも、笑いながらお茶でも飲んで、離島での教え子の活躍を想像しているんじゃないだろうか。
口は悪いけど、なんだかんだで弟子に甘い人だからな。
「『それで、仕事の調整もできましたので、上水道の件の改めての謝罪と教え子の工房の監査がてら、青翡翠島に出向こうと思います。今回は無事に済んだそうですが、教え子の気楽に構えて問題を起こす点、改めて指導し、心根を正すつもりです』だって」
「え、え、え、え? 教授来訪!?」
エメリーヌさんは楽しそうにうなずいた。
ありがたいと思って聞いていたけど、直接会うとなると話は別だ。
ちゃんと工房をやってないと、無茶苦茶怒られる……。
「あなたの心根を正しに来るんだって。あははははっ♪」
クソガキの八重歯がのぞいた。くそう……他人事を全力で楽しみおって……!
もう覚えたぞ。悪だくみをしている時、この人は八重歯が見えるのだ。
「そなただって、師に会えるんじゃから悪い話ではなかろう」
不思議そうにリルリルが聞いてきた。
「わかってませんね。会いたくはあるけど、怒られたくはないんです。そこは両立するんです!」
「じゃあ、怒られるのは確定なんじゃな」と言われた。
きっと、そうなるよなあ……。
活動報告にも書きましたが、「錬金術師のゆるふわ離島開拓記」という名前で書籍化します!(連載は今の名前のままで続ける予定です)
これまで応援してくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!
挿絵は松うに先生、発売元はGAノベルです。
改稿・加筆なども行って、ウェブで読んでくださってる方も楽しめるようなものにしたいと思います!
12月15日発売です。なにとぞよろしくお願いいたします!
これからも連載の手は休めずに、もちろん1巻目で収録できる範囲のあとも連載を続けていく予定ですので、今後ともよろしくお願いいたします!
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