41 弟子に面倒を見られる
そうか、リルリルに気をつかわれていたのか。
打開策がぱっと出なかったのはほぼ初だったしな。
「心配をかけていたのでしたら、すみませんね。私、優等生タイプだったので、課題をずっと引きずったことがあまりなくて……」
「自分を卑下してると見せかけて、優等生だったアピールをするのはやめよ。人から嫌われるやつじゃぞ」
苦言を呈されてしまった。
「ウソをつくよりはアピールのほうがいいと思いますけどね。それに、社会に出たばっかりなんですから、学院での成功体験にすがるぐらいさせてくださいよ……」
リルリルのほうに私は身を寄せた。
今はもふもふしてないけど、人生の先輩みたいなことを言ってきたんだから、後輩の立場で愚痴を言っても許してほしい。
「こういうのは、突然ふっといい案が出てくるもんじゃ。あんまり短絡的に解決させようとせんほうがよい。優等生だった奴がよく陥りそうな失敗じゃ。学び舎での課題と違って、社会の課題はすぐに解決に結びつくものがあるとは限らん」
うへぇ……頼りになる先輩じゃなくて、説教してくるタイプの先輩だ……。
少し私はリルリルから離れた。
寄りかかる気がうせた。
「理屈はわかりますよ? かといって、特産品どうしようかな~と考えながら生活するのは嫌じゃないですかぁ……。課題が残ったままだと落ち着きませんよ」
私はだだをこねるようにばちゃばちゃ足で水、いや湯を蹴った。
「まっ、お子ちゃまはこれから社会の厳しさと理不尽さを体感していくがよい。ふふん」
「先輩錬金術師に言われるならともかく、理不尽な体力を持ってる幻獣に言われたくないですね」
リルリルがふざけた調子で言ってるのはわかる。
つまり、入浴しながらお互い軽口を叩いてるわけだ。
たまにはこうやって気持ちを休めるのもよいだろう。
「工房にもお風呂はありますけど、こっちのほうがいいですね」
工房のお風呂はリルリルが用意してくれる。
着火剤を使っているので、薪の量もそんなに使わず、効率よく温められる。着火剤も私の自家製だ。魔道具の一種だから、錬金術師の領分だ。
「そうじゃろ。わざわざ風呂を沸かすよりこっちに来たほうがよい」
「まあ、私だとたどりつくだけで一苦労ですし、野外で裸になりたくないですけど……ん? 温泉? これは使えるのでは!」
私は思わず、立ち上がった。
この温泉を名物にしたら人を呼べるかも!
だが、またすぐに座って、温泉に足をつけた。
「いや、無理だ……。これで呼べる人数なんて限られてます……。特産品の規模感ではありません」
「すぐ座るんかい……」とリルリルがあきれた。
「それに幻獣の隠し湯を商品にするのはリルリルに申し訳ないですしね」
温泉のお湯そのものを売り出す? 飲用すると健康にいい成分があるかも?
それも無理だな。地元の人が飲むならともかく、船で大陸に運ぶほどの人気は出ない。
ふと見ると、なぜか楽しそうにリルリルが私の顔を見ていた。
「何か言いたそうですね」
「フレイアも人並みに悩むんじゃなと思って、安心した。てっきり、天才的なひらめきばっかりで人の苦労がわからぬ手合いかなとも考えておった」
「天才なんていいものじゃないです。成績がよかったのも、苦労と努力の賜物です。実家が太いとか細いとか以前に、実家がない立場でしたので……」
そういや、とくに深い意味もないんだろうけど、「あの子、天才だよね」と陰で言われていたことはあったな。
なんで陰で言われてたのがわかるんだという話だが、本人に聞こえる程度の声量で言っていたからだ。
なので、たいていの場合、心からの賞讃とかではない。
同級生を心から賞讃してるのも不自然だから、それはそれでいいけど。
どうも、同級生たちは私が勝手に偉くなった突然変異と扱いたいらしかった。
そのほうが自分がかなわないのもしょうがないという流れに持ち込めるからだ。
冗談じゃない。
私は在学中、明らかにワンランク上の量の勉強をしてきた。
だから、ミスティール教授にも認められたのだ。
「本当に天才だったら、天才的なひらめきで、ぱっと解決できるんですけどね。そうじゃないので苦労してるというわけですよ」
たしかに学院の中にいる時は努力が結果にストレートに結びつきやすかったけど、工房で働く以上はそうもいかない。
この環境に適応するしかないのだ。
「心配するな。錬金術師の価値は試行錯誤の数で決まるのじゃ。今悩んでおるのもそなたの財産になる」
リルリルはお湯の中に浮かんで、空を眺めていた。
「リルリル、ありがとうございま――」
「――といったことがそなたから渡された錬金術の初学者用の本に書いてあった。ちゃんと覚えておる」
「人の言葉かよ」
いいこと言われたと思ったのに。
「逆に言えば、初学者用の本に書いてあるほどの基本ということじゃ。多くの錬金術師がそこでつまずいたりしたんじゃろ。ここが耐えどころじゃ」
「そうですね。どうにか、やりますよ。さて! そろそろ行こうかと思います」
私は温泉から足を上げた。
「何かしら貴重な植物を探さないといけませんからね」
「フレイア、そなたが来るまでに土産を用意した」
リルリルは岩場の乾いたところを指差す。
そこには見慣れない色合いの石や、比較的珍しい植物が並べられていた。
これ以上、山に入る必要がないぐらいにいろいろと。
「おっ、おお……こんなにいっぱい……。あ、ありがとうございます!」
不意打ちだったので、感謝の気持ちを伝えるよりも驚きが強く出てしまった。
「なあに、そなたより千倍この山には詳しいんじゃから、これぐらいはできるわ」
これから先も私は弟子に面倒を見られることになるんだろうな、と思った。
●
しかし、人の努力や善意があっさり成果につながるとは限らないのだ。
リルリルが用意してくれた石や植物は稀少なものもあったけれど、島だけのものとは言えず、特産品には結びつけられなかった。
「あれこれ散歩してみようではないか。まだまだ島で見てないところはある」
「ですねえ。足で稼ぐつもりでやりましょう」
朝や仕事が終わったあとに私とリルリルは島を散歩することにした。
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