39 特産品を考える
しょうがない、リルリルが謝らないのなら、私が五人分ぐらい謝れば――
「あっはははは! はははははっ! そう、そう! そうでなくっちゃ! 幻獣さんはそういう態度でいてくれないと落ち着かない!」
おや? ウケている。
こっちが芸をしたような反応をされているぞ。
「うん、これは領主としての怠慢ね。その点にはお礼を言うのもやぶさかじゃない」
「じゃったら、大きな声でありがとうと言え。それで一件落着じゃ」
「だけどね、水路の復旧工事もようやく伯爵の許可が下りたのよ。秋頃には取り掛かる目途が立ってたの」
「えっ? ちゃんと修繕することになってたんですか!?」
「そう。しつこく声を上げてようやく」
なんだ、この人もちゃんと仕事をしていたわけだ。
「なのに、いきなり上水道が復旧したので、伯爵になぜか不要になりましたと報告しなくちゃいけなくなったの。つまり、わたしが謝らないといけない事態が発生したの。わかる?」
「あっ……」
私は自分たちの責任をようやく理解した。
突然、工事が不要になったせいで、迷惑をこうむる人もいるのだ。
しかも代官が謝罪をする事態というのは、友達同士の「遅刻してごめん」というのとは全然意味が違う。公的に自分のミスを認めるのと同じなのだから。
「エメリーヌが下げたくない頭を下げる羽目になったのは気の毒じゃったな。そこはすまんかった」
リルリルもこれには頭を下げた。
「あの……すべては私たちが無許可でどんどん工事を進めてしまったせいです……。その……社会経験が浅いもので……」
「それは知ってる。それに事前に連絡も受けてたしね」
エメリーヌさん(やっぱり、心の中でもさん付けにしておこう)は机のひきだしから何か手紙を出した。
裏面には学院の校章がついている。
「卒業生が錬金術師としてやってくるけど、世間知らずだから問題を起こすかもしれない。地域のため温かく見守ってほしい――要約すると、そんなことが書いてる」
「あの学院、一応卒業生のケアはしてくれてたんですね……」
そんな話、卒業生である私のほうには一切来てなかったぞ。
まあ、領主に一言お願いしておいてやったぞと伝えてくるのも恩着せがましいが。
「錬金術師の卵ばかりの環境にずっといれば、社会のルールなんてわからないものね。これからは体面というものを意識してちょうだい」
自分より小娘の相手に社会のルールがどうこう言われるのは腹も立つが、社会のルールを知らないのは事実だ。向こうのほうが社会の先輩なのだ。
「以後、気をつけます」と再度、謝罪した。
おそらく、これで話は終わりだ。若造扱いされて楽しいものでもないが、若造だから助かったともいえる。
「それでね、今回のことは水に流すから、フレイアさん、代わりに一つ仕事を頼まれてほしいの」
エメリーヌさんは両手を重ね合わせて言った。
お願いといっても、これはほぼ強制だな……。知るかとは言えない……。
「性能のいいポーションを納品しろとかそういう話でしょうか? でしたら、可能ではありますが」
「いいえ。知恵を貸してほしいの。長らく村の上水道を修理できなかったのも、究極的には島の影響力が小さいものだからよ。これが重要な街道の宿場だとか、鉱山のふもとの都市だとかなら、迅速に対応されたはず」
「それはたしかに」
伯爵にとったら、こんな島はどうでもいい場所だ。
「なので、島の影響力を高めたい。では、どうするかというと、何か島の特産品を作りたいの。青翡翠島ブランドの名物があれば、一目置かれると思わない?」
「ですね。小さな島でも、石や硫黄の産出で富を築いてるところもあります」
「だからさ、特産品作って♪」
「はっ、はぁっ!?」
エメリーヌさんは笑顔で「いいアイディア待ってるから。あははっ♪」と言った。八重歯がちょっとのぞいた。
「それで今回の件は水に流してあげる」
このクソガキめ……。調子に乗りおって……!
●
せっかくなので、私たちは港の食堂で食事をしていた。
海が近いので魚のフライがいろいろ売っている。漁師は魚によっては生でも食べるそうだが、食堂のメニューにはない。私もフライのほうがほっとする。
「いいアイディアと言われても、そんなにぱっとは出てきませんよ」
ていうか、錬金術師の仕事じゃないだろと思いながら、魚のフライをかじった。これはアジだな。フライも結局は鮮度がいいほうがおいしい。カノン村でももちろん魚料理は出るけど、漁師が捕獲したばかりの魚が食べられる港の店の鮮度にはかなわない。
「この島にしかない極上の薬草でも生えているなら、それで薬を作れるでしょうけど、そんな都合のいい植物があるとは思えませんし……。どうしたもんですかね」
しかめっ面をしてるつもりだけど、魚のフライが見事なほどサクサクなので、笑みがこぼれそうになる。表面はサクサクなのに、中身は肉厚だと!? 安い魚とは思えない食べごたえがある。
「これを王都で提供できたら、シェフを呼んでくれたまえと言いたくなりますよ。地のものってうまいですね」
「そうじゃ、そうじゃ。あっ! このアジを使えば特産品になるのではないか?」
リルリルはうれしそうにフライを一枚、フォークでつかみ上げた。
「輸送に時間がかかるからダメです」
私ははっきりと首を振る。
「別に生の魚やフライを大陸に持っていくとは言っておらぬ。たとえば乾燥させて干物にするとか、オイル漬けにするとか、商品に加工する方法はあろう」
単純な発想と思われたのが心外なのか、リルリルがすねた顔をする。これは私が悪い。
「そこまで考えてましたか。お詫びに追加注文する権利をあげます」
「よしっ! フライを二皿追加でたのむ!」
リルリルが新たに提供された魚のフライを食べてる間、私はオイル漬けが成功するか考えていた。
味はたしかだし、人気は出るかもな。ダメ元でエメリーヌさんに提案してみるか。
あまり宿題を長く貯め込んでおきたくない。
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