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錬金術師のゆるふわ離島開拓記  作者: 森田季節
加熱粘土

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35 生まれてきてよかった

 早朝、珍しく朝食前にリルリルと村はずれのちょっとした段丘に入った。


 その段丘との高低差が村と外側の境目に当たる。その草むらの中がやけにぬれているなと思ったら、水を流している水路が見つかった。


「本当だ……。こんなところまで……」

「湿気の多い場所以外では傷みも知れておったからな。大きな破損箇所もあったが、適宜、新しい水路で付け替えた。余にかかれば、積み木遊びのように容易じゃ」


 リルリルは力こぶを作るポーズをとって、能力をアピールした。


「そういえば、この部分は箱状の木樋ではなくて、木をくりぬいた構造ですね。丸木舟(まるきぶね)形式というか」


「そうじゃな。そこはそちらのほうが設計上、楽だと思ったので、そうやった。見栄えは悪いが、こんなところまで来て、誰も確認せんじゃろ」


「水漏れを別にすると、本当に水路の破損自体はリルリルだけで解決できてたんですね」


「そうじゃぞ。フレイアはあまり信じておらんかったかもしれんがな」

「う~む、これは私の負けです。弟子を侮っていました」


 私は両手をだらんと挙げた。降伏のポーズだ。

「今日はフレイア一人で店番をしておけ。余はその間に村の中にまで上水道を引いて、村の連中の度肝を抜いてやる」


 その言葉で、私はふっとあることに思い至った。

「あっ……そういや、ずっと無許可で水路をいじってましたがよかったのかな……」


 捨て置かれた水路とはいえ、連絡もなく、復活させてしまったらさすがにまずい。


 私たちだけで再生できるかも怪しかったし、ぬか喜びさせるのはよくないから勝手にやっていたが、想定よりもはるかに早くリルリルが復旧させてしまった。


 いつのまにか上水道が復活してましたというわけにはいくまい……。

「リルリル、大至急、村長のところにあいさつに行きます」


「むむ? ある日突然、上水道が復活したほうが、驚く顔がたくさん見れて愉快ではないか?」


 こういうところの価値観は幻獣だな!

 社会ではほうれんそうナシなのはよくない!


 私は駆け足で村長宅に向かった。

 じょうろで庭の花に水をやっていた村長は上水道ができると聞いて、じょうろを落とした。


 村長がしっかり驚いたので、リルリルも目的は達成できたと思ってくれ。





 私が工房の営業を終えて村に向かうと、遠くから村の人たちが手を振ってきた。


 それに導かれるように歩くと、人の姿のリルリルが腰に手を当てて待っていた。

「やっと来たか。フレイアが来なければはじまらんからな!」


 リルリルが私の手をとる。

「はじまるって、何がはじまるんですか?」


「決まっておるではないか! 上水道復活の式典じゃ!」

 井戸から八十歩ほど西の平坦地に、真新しい箱型の水路が置かれている。葉っぱが入ったりしないように上部もきれいにふさがれていた。


 その水路から巨大な銅製の水鉢に水が注ぎ込んでいる。

「かつて上水道が生きていた時代の水鉢じゃ。倉庫に眠っておったのを引っ張り出してきた」


「ああ、なかなか立派なものですね」

「村に入ってからの水路は余と村の者で突貫工事で作った。いずれ、もっと丈夫なものに置き換えるつもりじゃ。分流ももっと作って、便利にせんといかんしな」


 そんな説明を受けながら、私は上水道の取水口まで連れていかれた。

 周囲は村の人全員が揃っているというぐらいににぎわっている。


「なんか、気恥ずかしいですね……」

「恥ずかしがるな。そなたの功績を讃えるためにみんな集まっておるんじゃ。さあ、胸を張れ!」


「そう言われても、ここまでの反応は……」

 学院では成績優秀だったけれど、別に褒められ慣れていたわけじゃないのだ。こんな時にどんな態度でいればいいかわかっていない。


「じれったいのう。じゃあ、わかりやすくしてやろう」

 リルリルは私の腰をつかむと、掲げるように持ち上げた。


 まるで赤ちゃんをあやす時みたいに。

 自分の視線が一気に上がる。あらためて、村の人が集まってるのがわかった。


「皆の者、上水道復活の立役者、フレイアを讃えよ! 今日は幻獣である余以上に顕彰してよいぞ!」


「よっ! 最高の錬金術師!」「フレイアちゃん、ありがとうね!」「水を汲むのが楽になるよ!」


「あははは……ありがとうございます……」

 真正面から評価されると、何を言っていいかわからなくなるな……。


 当然気恥ずかしい。気恥ずかしくはあるが――

 なんで、こんな泣きそうになるんだろう……?


 ああ、受け止められる感謝の量というのは限りがあって、それを超えると泣いてしまうのかな?


 まさかすました態度で学院を闊歩していた私が……くっ……。

「そなた、うれし涙か。よかったのう。なかなか流せるものではないぞ。たくさん泣け、泣け」


「なんで見えてないのに、リルリルがわかるんですか……くう……」

「それぐらいわかる。むしろ人間は獣の感性が鈍りすぎなのじゃ」


 そういえば、こんなに歓迎されたことなんて、人生でなかったな。世のため人のためではなく、生活の手立てのために錬金術を学んだだけだったけど……。


 どうせなら、世のため人のためのほうがいい。

 生まれてきて、よかった。


「皆の者、フレイアが来てから村の暮らしも変わってきたじゃろう。これから村をにぎわわせるのはそなたらの役目じゃからな。しっかりと働くのじゃぞ」


「おお!」「リルリル様万歳!」「これからも村をお守りください!」


 リルリルはきっちり自分も讃えるように村の人たちを扇動していた。


 まあ、好きなだけやってくれ。


 守り神は生きてるだけで褒めてもらえる立場だから、褒められるのも上手い。謙遜しないし、かといって嫌味にもならない。


「あの、そろそろ下ろしてもらえませんか? これじゃ、磔刑(たっけい)にされてる重罪人みたいです」


「おっ、落ち着いてきたな。そりゃ、見世物という意味では同じじゃからな」

「見世物って言うな」


 ようやくリルリルは私を下ろしてくれた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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