34 肉球に誓って
「引っ張ってくれ! 横からの力を受ければ、そっちに動けるかもしれん!」
ゆっくりしていると脱出は余計に難しくなるし、やるしかない!
私はリルリルの右手を両手で持つと――
「こっちこーい!」
自分の側に強引に引いた。
リルリルの脚が抜けたのが見えた。
よし、成功した!
――と思った次の瞬間にはリルリルがこっちに倒れ込んできた。
そりゃ、そうなるよな……。
私はリルリルに押しつぶされる格好になった。
「ぐええ……重いから、とっととどいてください……」
見た目よりはるかに重い! やはり見た目を変えても体重は獣の時だけあるらしい……。
「いやあ、ひどい目に遭った……。まさか島の守護幻獣が島で危機に見舞われるとはのう……」
「今は私がひどい目に遭ってるのでどいてください!」
「まあ、最高の土が手に入るからよかったと思ってくれ」
それは……間違いではないか。
私たちはその土をすぐに採取した。
●
土を敷き詰めた箱の中に、微量の別の鉱石を入れる。
配合が済んだら今回は魔法陣の中心に置く。
「そしたら、早速はじめましょう。もったいぶるようなものじゃないんで」
「今回は今までよりいいかげんに見えるのう」
リルリルが率直な感想を漏らした。
「これは素材の質がすべてですからね。ですが、ただの粘土では芸がないので、もっと便利なものを作ります」
光が粘土を主とした材料を包む。
やがて光は淡くなって消えていった。
「よし、これで補修剤は完成です。名前は【加熱粘土】といったところでしょうか」
「見た目からは、完成かどうかさっぱりわからんな」
「じゃあ、効果を見るために水路まで行きましょうか。はい、これが塗り込む木べらです」
リルリルは私が差し出した木べらをあまりよくわかってない顔で受け取った。
「粘土を木べらで塗るのか? まあ、粘土でも穴はふさげるじゃろうが、耐久性が知れておりそうじゃな。急場しのぎというか」
「まあまあ。水漏れ箇所はわんさかあると思いますし、地道にやってください」
リルリルは粘土の入った箱を持って、すぐにまた森の中に走っていった。
移動が基本「走る」なのは、ある種弟子らしい。足が速すぎるけど。
私はゆっくりと追いかけるとする。師匠らしいからではなく疲れるし、場所によってはまた転ぶからな。
木の水路のところで、リルリルがべたべた木べらで粘土を塗りつけていく。
「おお、水漏れが止まっておるな」
「漏水箇所だけでなく、周囲もやっておいてくださいね。隙間ができてる近くからも漏れるかもしれませんので」
動き出すとリルリルは速い。水漏れ箇所を次々に埋めていく。
しばらくして、リルリルが違和感に気づいたらしい。
「ん? この埋め込んだ粘土、ちょっと赤くならんかったか?」
「ふっふっふ。気になったなら確認してみたらどうですか?」
リルリルはおそるおそる手を赤くなったように見えた粘土のところにやった。
「熱っ! なんじゃこれ、水が流れておるのに、熱いぞ!」
「そうです。実はその木べらも魔道具でしてね。その粘土と感応して、触れた粘土の部分だけを発熱させるんです」
リルリルはこつこつと熱くなっていた粘土部分を爪で叩いた。
「あっ、質感が陶器のようになっておる!」
「そういうことです。これでしっかりと穴をふさいでくれるというわけです」
「これは面白いのう! 余が全部やる!」
おもちゃを持った子供だな。私も昔はこんな時期が……あったのか? 記憶にないのでわからないぞ。
リルリルはどんどん粘土を木べらで押し込んで、穴を消していく。
ぽたぽた漏っていた箇所が刷毛を使ったあとで消えるのを見ると、なんとも言えない幸福感があるな。
「水路の水量も増えておる気がするぞ。これを続けていけば、村に水を通すのも夢ではない!」
「ええ、時間はかかると思いますが、じっくり丁寧にやってください」
村に水が供給できるまではまだまだだろうが、リルリルの趣味ができたようでよかった。
それにこんなに曇りけのない笑顔を見れたら、そのために何かやってやりたくなる。
自分は学生時代、小憎らしい生徒だったけれど、もう少しかわいげがあってもよかったな。あの普段は鬼の教授にすら、弟子には甘いというかわいげがあったのだし。
尻尾を振るリルリルを見て、私は反省した。
素直すぎる女の子はまぶしい。
でも尻尾を振るのは媚びすぎな気もするな……。
●
長丁場になると予想していた上水道工事だったが、全然そんなことはなかった。
「おおかた終わった。そろそろ村の敷地の手前まで用意はできた」
粘土を作った三日後、(クレールおばさん宅で)眠る前にリルリルがそう言ったのだ。
「ま、まさか……。いくらなんでも高速すぎますよ。リルリルって話を盛る癖がありますか? 戦記物小説で兵力を実際の十倍に誇張するがごとし」
「おおげさに言うところはあるかもしれんが、事実を捻じ曲げたりはしておらんぞ。ならば、明日の朝に確たる証拠を見せてやろう。この肉球に誓って、ウソはない」
「肉球に誓われても」
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