33 修理用の素材探し
――三日後。
「どうにもならん! 師匠、助けてくれ!」
営業時間中、工房の椅子に座っていると、リルリルに泣きつかれた。
「都合いい時だけ師匠と呼ばれるのは癪ですね」
「師匠は師匠じゃから問題はなかろう」
「別にいいんですが、修理は順調だったんじゃないんですか?」
ハッカ茶を飲んでた時の調子のいい話はどこに行ったんだ。
「穴はふさがったはずなんじゃ。なのに、水が全然遠くのほうまで流れぬ。どこかで漏れておるらしい……」
「わかりました。営業時間が終わったら、見に行きますよ」
今度は向かう途中にひっくり返らないように気をつけなければ……。
●
リルリルと一緒に水路のほうまで行き、状況を細かく確認する。
「あ~、たとえば、ここですね。横から見てください」
ぽたぽたと地面に水がこぼれている。
「木と木の継ぎ目の部分から水が漏れているんです。おそらく、この手の箇所が無数にあって、水が届かないんですね」
ひたすら直線で水を通すことなどできるわけがないので、まっすぐな樋と樋の間には時折結節点の部分が必要になる。四角形に膨らんでいるのでよくわかる。継ぎ目が増えるから水は漏れやすい。
古い水路だから、そんな箇所があっても不思議はない。これでもよくもっているほうだと思う。
「いっそ、水路全部を作り直したほうが早いかのう?」
リルリルが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「う~ん……」
私は腕組みして少し思案する。
それはあまりに大工事だし、かつての水路も残存状況が悪いわけではない。
なにかしらの魔道具があれば解決はできるのではないか。
それに……。
リルリルがこの数日、いろいろ動いていたものが無駄になるのはよくないな。
努力が無駄になるというのは、弟子の教えとしていいものじゃない。
子供の時にそんなことばかり経験したら私も錬金術の勉強に励めなかったと思う。
ちょうど明日は工房の定休日だ。時間も一日使える。
「明日、修理用の素材を探しに行きましょうか。けっこう泥だらけになると思いますが」
●
私たちは大荷物で森の中に入った。
もっとも、荷物を持つのはほぼリルリルだが。大きな箱の入ったカバンをリルリルは背負っている。
弟子にばかりやらせてるのではなくて、私は体力的に無理なのだ。
「不幸中の幸いにして、素材も水辺に多いものです。なので、地面を慎重に探していけば、見つかるとは思います」
「そういえば、何を見つけるんじゃ? 川魚でも捕獲するのか?」
「違います。これです」
私はその場にしゃがみこんで、手を地面につけた。
「土です」
「そんなもの、どこにでもあるじゃろ。なんで森に来ないといかんのじゃ」
「土ならなんでもいいわけじゃないですよ。必要なのは粘土質の土です。それを補修剤の材料にします」
「そういえば、粘土の中には焼くと陶器みたいになるものがあるな。しかし、水漏れ部分に詰めて焼くわけにはいかぬのではないか? 水路は木製じゃぞ」
リルリルの言うとおりで、たしかに陶器を作るみたいな方法はとれない。
「焼き物作りよりはるかに低い温度で硬くなるように土を作り替えます。魔法陣で魔力を送り込めば可能です」
実は学院で壊した花瓶の補修に、この方法を使ったことがある。
結局、バレて怒られてしまったが……。
あの頃よりは私も成長しているし、どうにかなるはずだ。
「水の底に沈んでいる土をもらっていきましょう。どちらかというと、下流側の水辺の土が適しているので、このあたりの土は向いているはずです」
「では、早速ここから採っていくか」
リルリルはもうスコップですくう気満々だった。
「このあたりは、さらさらすぎますね。もっと、いい土がきっとあるはずです。探していきましょう。常に下を向いて歩いていきますよ」
「長くやってると、気分が沈んでいきそうじゃな」
「足場が悪いから、どっちみち下を向くしかないんです」
私たちはゆっくりぬかるみの多い場所を歩いていく。
少し進んでは足の沈み具合などを確かめる。
「悪くはないですね。ここの土はキープしておきましょう」
「そうじゃな、なかなか手にまとわりつく気がするぞ」
「ですが、まだまだこんなものではないはずです。より良質な土が山から下ってきて、たまってるはずです」
錬金術師は魔力を行使するが、魔力はあくまでも触媒にすぎない。
素材がいいものでなければ、どうしようもない。
これは教授の言葉だが、素材集めが下手な錬金術師はずっと二流のままということらしい。
私は靴も脱いでいる。
このほうが土の感触がよくわかる。
気温の高い青翡翠島でも、ずっと水に足をつけていると体が冷えてくるが、それは我慢するしかないか。
これが自分の家の花瓶の修理ならいいかげんな土でもいいのだが、今は使ってないとしてもかつての水路を修理するわけなので、良質の土を選びたい。
そして、足がふやけてきてテンションも下がってきた頃――
「おっ! ここじゃ! ここがいいのではないか?」
リルリルがワンピースを少したくし上げながら、右足で地面をノックでもするみたいに踏んだ。
足下は透明な水の下にしっかりと茶色い土が見える。
「これは粘りけがありますね! いけますよ!」
「よくやったじゃろう。探し回ったかいがあるわい」
「ところで……リルリル、だんだん背が縮んでませんか? というか、脚が短くなってます?」
「この土、全身が沈んでいくのじゃ……。あれ……? 左の足が上手く上がらん……。右も沈んでおるような……」
もしや、これって……。
底なし沼みたいな場所なのか!?
「まずい……脱出方法がわからん……。フレイア、どうにかしてくれ!」
「どうにかと言われても方法がわかりませんよ! こんな方法まで授業で習ってませんし! 幻獣なのにどうにもならないんですか?」
「踏ん張ろうとするとかえって沈んでしまうのじゃ!」
「獣の姿になるというのは、どうでしょう?」
「余計に沈む危険があるので無理じゃ!」
そういや、本来の獣の姿のリルリルはとんでもない体重のはずだ。人の姿の時に体重がどうなってるかわからないが、獣になっても改善しなそうなのは想像できる。
「引っ張ってくれ! 横からの力を受ければ、そっちに動けるかもしれん!」
ゆっくりしていると脱出は余計に難しくなるし、やるしかない!
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