32 弟子の大工さん仕事
私が加わっても捜索の能率はほぼ一緒だろうけど、暗い森でじっとしているのも心細いので、ついていく。
そう時間を置かずにリルリルの歓声が上がった。
「あるぞ! ある! これではないか」
濡れた草に隠れたところに、木でできた上部のない箱型(凵の形)のものが見えた。
「間違いなく上水道用の水路跡ですね。リルリル、やりましたよ」
「しかし、使うのは難しそうじゃな。穴が空いておる」
たしかに木樋の底が抜けているところがあった。大雨の時に流木でも直撃したか。
「水路の大部分が人家のないところを通るわけです。管理が大変で、修繕が後手後手に回った結果、追いつかなくなって、ついに井戸を使うことに切り替えた――ということのようですね」
「石で作ればもっと長く残ったじゃろうに。木製でやるからじゃ」
「経済的な理由でしょうね。さしたる産業もない小さな島に、それだけのお金を投資するメリットが領主になかったんでしょう」
そういや、この島も領主はいるはずなんだけど、見たことがないな。
「さてと、水路の状態を確認していきましょう」
水路は穴の空いた場所もあるが、湿気の割にはよく残っているといえた。
湧き水から離れるにつれて、地面の土も渇いてきていた。
ずっと水路を追うのはきりがないからやらないが、望みはある。
「木の種類ははっきりとはわかりませんが、ヒノキやアスナロの仲間でしょう。先人はよくわかっていたようです」
「その木だと何かメリットがあるのか?」
「この手の木は精油が木から染み出してくるんです。衛生面で効果的だと言われていますね。私は医者ではないのであいまいですけど。これなら、ちびちび修繕を繰り返せば、直せなくはないかもしれません。長丁場になるとは思いますが」
「なら、やってやろうではないか」
リルリルが任せろとばかりに胸を叩いた。
「穴をふさけばよい。つまり大工仕事であろう? そういう組み立てなら余は得意じゃからな! フレイアが閑古鳥の鳴いている店に座っておる間に修理してやるわ!」
本当はもちろん私も修理を手伝う予定だったが、
「ほう、そんなに啖呵を切るなら、やってもらおうじゃないですか」
店が寂れてると言われてちょっとイラっとしたので、リルリル一人に勝手にやってもらうことにした。大にぎわいで忙しいのも嫌だけど、ガラガラだと言うのは悪口だから。
錬金術師は錬金術師らしく、過ごさせてもらおう。
●
店番をしていると、庭からゴリゴリ、ゴリゴリ音がする。
リルリルが村から借りてきたノコギリで木材を切っているのだ。
お客さんがいない時に(いない時間のほうが長いが)様子を覗いたりしたが、やたらとハイペースで修理用の部材を作っていた。
「あの樋じゃが、途中から地中に潜ったりしておるな。掘り返して少し確認したが、それなりに残っておるな」
リルリルはノコギリの音に負けない大きな声でしゃべる。
「それはよかったです」
私のほうは大きな声ではないが、リルリルは耳がいいので届く。
「森を抜けるあたりまでの穴もおおかた防げる気がするわい」
「本当に生き生きとした顔をしていますね。少なくとも、魔法の勉強の時間より」
「余は島の守護幻獣じゃからな。島のために働いておるほうが性に合っておる」
「強制はしませんが、魔法が使いたいならそちらのお勉強もしてくださいね……などと小言を言うのもあほらしいので、もう言いません」
私も学院でろくに教師の話を聞いてなかったしな。
問題児扱いしてくる教師もいたが、独学で把握した範囲の授業中に、さらに先を自主的に勉強していただけだ。
錬金術の関心がなかったわけじゃないから許してほしい。もしも独学で抜けがあれば試験で発覚しただろうし。
それをミスティール教授はわかってくれていたのだ。やはり大物は違う。
もっとも、弟子を持つ身になってみると、型にはまりたがらない生徒の扱いが厄介なのはわかるが……。
独立独歩の奴と学校教育って相性が悪い……。
リルリルは魔法が使えないからといって食っていけないわけでもないのだし、好きなように育ってほしい。
私ができることといえば――こんなところだ。
薬草園からハッカを摘んで、ハッカ茶を作る。
トレーに乗せて、庭に持っていく。
「リルリル、一休みしたらどうですか? リラックスするお茶を作りました」
「おお、かたじけないのう」
リルリルは手を止めて、カップを包んで手を温めていた。
それから少しずつ、ハッカ茶を口に入れる。
「すうっとする味じゃな。興奮が冷めていくというか」
「そういうお茶ですからね。何事もメリハリは大切です。休む時は休む。働く時は働く」
「フレイアは店番中、そんなに働いてるという感じでもないがのう」
「一言多いですよ。疲労気味の錬金術師から薬草を買いたいと思う客はいないからいいんです。まず、お前が回復しろと思いますから」
「水路のほうが終わったら、この庭ももうちょっときれいにしたいんじゃがな」
リルリルの目は雑木林に侵食されている庭園のほうを向いた。
生活に必須の場所でもないうえに人の目もないので、ほったらかしだったな。
「リルリルの気が向いたらお願いします。どう考えても力仕事がいるので、私一人では無理ですし」
今のところは、ボロい工房が営業できるまでになっただけでも立派なものと思いたい。
それに上水道の修理もリルリルの手際のよさなら、
「穴の空いた場所はおおむね把握しておる。これなら数日で水が村まで届くぞ!」
案外あっさり解決したりしそうだ。
数日というのは、極端だと思うが。
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