29 食費ばかり浮くな……
仕組みが単純だからといって、作業量が少ないとは限らない。
スコップで山を掘り崩して平坦にしたりできないようなものだ。だいたい石をきれいにくるむ網を用意するのも面倒だ。自慢じゃないが私の裁縫技術はしょぼい。
もっとも、網のほうに関してはリルリルが素晴らしい仕事を発揮してくれた。
「こんな感じでよいか?」
すぐに石を詰めた、とてつもなく細長いヘビができた。
こういう構造物を呼ぶ一般名詞がないので、ヘビと呼ぶことにする。
「手先が器用ですね……。獣で過ごす時間も長いのに……」
比べるまでもなく私より上手い。
「言っておくが、そなたより私のほうがはるかに長く生きておるからな。それを考えれば、たいていのことは納得ができるじゃろ」
リルリルとしては幻獣の自分に対抗意識を向けるなということらしい。
「これでも師匠ですので。が、それは今は置いておきますか。早速、庭の井戸で試してみましょう」
私たちは庭に出て、井戸にヘビを降ろした。このへんは村より水の手が近そうだし、井戸も浅そうだ。実験にはちょうどいい。
井戸に一定量の水が常に供給されているとすれば、いずれ水がヘビを伝って上がってくるはずだ。
その結果は――
ぶしゃああああっ!
固唾を飲んで見守っていた私たちの顔に、大量の水がかかった。
水しぶきという次元じゃない。バケツで水をぶっかけられたような水量だ。
「ふあぁっ! 冷たいっ! 驚いて器官にまで入りましたっ!」
「おいっ! 水が止まらんぞ! これ、どうすりゃよいんじゃ!?」
そうだ……このヘビは放っておいたら、半永久的に水を放出し続ける!
「ひっ……引っ張り上げてください! 水を吸えなくなれば、止まりますからっ!」
私は水流に押されて、ちょっと後ろに下がっていたぐらいだった。
その点、リルリルは幻獣の時の体重に準拠するのか、華奢な姿なのに流されたりしない。ヘビをしっかりと引き上げた。
おかげで放水は停止した。
「助かりました……。これ、私一人だと本当に危なかったです。ヘビもかなりの重量だったので」
井戸の水面より上に持ち上げられなかった場合、最悪、工房に床下浸水が発生する可能性すらあった。
「これでは使い物にならんな。要改良じゃ」
「改良方法自体は簡単です。渇きの石の分量を削って、細いヘビにするんです」
渇きの石が小さくなる分、耐久年数も短くなるが、そこはたまに新品に取り換えるということで。
二度目は本物のヘビぐらいの太さにした。
それでも、水汲み用にしては出すぎなので、さらに細くした。
「これでいけそうではないか?」
「ええ、この庭の井戸では。これを元にして、村の井戸でも試してみないといけません」
リルリルの尻尾がぺたんと垂れた。
「面倒臭いのう……。とてつもなく面倒臭いのう」
「そうなんです。魔道具作りは面倒なんですよ……。まして今回は、井戸ごとのオーダーメイドになりますからね」
そんなことをしている間に工房開店の時間がだんだん近づいてきたので、私たちは果物をかじって昼食の代わりにした。
どうせお客さん、ほとんど来ないだろうなと思っていたが本当にろくに来なかった。
常備薬を求めるお客さんは昨日来ちゃってるしな。
で、私が店番をしている間、リルリルは村の井戸用の細いヘビの試作を続けていた。
網目が細かくなってくると、靴下でも編んでいるように見えた。
「なんか、こういう職人みたいですね」
「錬金術師ってもっと華麗なイメージがあったが、泥臭いんじゃな」
「たいていの職業ってそんなもんですよ」
だが、リルリルのおかげで店番の間に作業が進むのだから、ありがたいことだ。
そして、閉店時間の頃には、にょろにょろしたものが工房の床に何本も並んでいた。
「これ、何も知らない人が見たらわけわからなすぎるでしょうね」
「余も途中から何を作ってるか、よくわからなくなってきた」
その日の夜、私たちはクレールおばさんの家で食事をしたあと、村の井戸で実験を行った。
おおかた成功したので(だって成功するまで試したからな)、私たちは村長の自宅に出向いた。
井戸をいじる許可と、立ち合いをお願いするためだ。
●
翌日の夕方、人が滞留しがちな井戸はいつも以上に混雑していたと思う。
私とリルリルが井戸に変なものを垂らしているからだ。
「皆さん、これは【水吐きヘビ】というものです。ドラゴンと呼びたくもあるんですが、細いし、ヘビが妥当ですよね」
【水吐きヘビ】の先端部分は、染料で目と口を書いている。
キャラ化して少しでもかわいくする意図だが、あんまり成功してないな……。
その【水吐きヘビ】は井戸の真横の木の台に乗せられている。
この台は二段あって、基本は上の段にヘビは置く形になる。
「水がほしい時はこのヘビを下の段に移動させてください。では、村長、やってみてください」
見慣れない道具だし、村長に実演してもらう。
村長が下の段にヘビを動かす。
しばらくすると、ヘビの口あたりから水がほどよい勢いで出てきた。
用意していたバケツに水が溜まっていく。
見学していたおばさんたちから同時に歓声が上がった。
「これなら、簡単だね!」「ずるずるヒモを引っ張らなくていいわけだ!」
「はい。水を注ぎ終わったら、ヘビを上の段に置いてください」
村長が上の段にヘビの首を掛ける。
水の出もちゃんと止まった。
「これまで滑車で水桶を引き上げる作業が、ヘビの上げ下げだけで済むようになりました。フレイアさんのおかげです」
村長は胸に手を当てて、軽く体を下げた。
淑女に対する敬礼だ。光栄ではあるが、少しむずむずする。
「そうじゃ。もっとフレイアを讃えるがよい!」
リルリルが調子のいいことを言って、ギャラリーのおばさんたちにまで拍手を求めたので、さらに気恥ずかしい。
弟子め、余計なことをしおって。
「あっははは……。皆さんのお役に立てたのならよかったです。また、工房をよろしくお願いしますね」
「常備薬は買ってしまったしね。そしたら、お礼に二週間、うちで朝食を食べに来ないかい?」「それなら、こっちは三週間だ」「わたしのところは昼食で」
なんか食費ばっかり浮くな!
この調子だと、半永久的にごはんをごちそうになれるなと思った。
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