28 井戸改良計画
まだ日は高いが、それでも西日を見ていると、閉店してもよいだろうという気になる。
「余は真昼間の太陽より、西日のほうが苦手じゃな。なんていうか、独特の魔力めいたものを感じるのじゃ」
「西日が鬱陶しいというのはわかります」
ほどなく村に着いて、早速クレールおばさんに会った。
開店おめでとうと改めて言われたが、そのすぐあとに、
「まだ、当分うちで寝泊まりするんだろ? 少なくともごはんは用意したほうがいいよね?」
と言われた。
「クレールよ。工房も稼働をはじめたし、これからはあそこで暮らし――」
「ありがとうございます! お言葉に甘えさせていただきます! 私のことは娘だと思ってください!」
私は小娘姿のリルリルの言葉をさえぎって言った。
「え? 工房が住めるようになってもクレールのところから通うつもりか!?」
リルリルが驚いた声を上げた。
「はい。なにせ、私は料理を作れませんし」
料理ぐらい勉強しろという話だが、単純に工房が村から離れているので、買い物一つとってもかなり大変なのである。
だったら、もうしばらくお世話になってもよいだろう。
「ちなみに、規約上は工房で営業をすることが錬金術師の義務なだけで、工房で寝泊まりする必要まではありません。毎日、クレールおばさんの家から出勤も可能です」
「はっはっは! そうするといいよ。あの工房は村はずれすぎるしねえ」
リルリルが図々しいにもほどがあるという顔で見ていたが、知らん。
「ところで、クレールおばさんは買い物の帰りか何かでしょうか?」
「いんや、水汲みだよ。ほら、あそこ」
おばさんが指差した先では、井戸前で人が集まっていた。
「井戸がありますね。ということはまさしく井戸端会議中ですか」
「無駄話のために集まってるってわけでもないんだよ。順番待ちで時間がかかるのさ」
遠目で見ていても、意味がわかった。
井戸がやけに深いのか、水を汲むのに時間がかかるらしい。
おばさん(なお、クレールおばさんではない)が太いヒモをぐいぐい下に引き下ろすように引っ張っている。
なんで井戸なのに下に引き下ろすんだ、引っ張り上げるんじゃないのかと思われそうだが、井戸の上に滑車がついていて、これで水の入った桶を上げられるらしい。
やがて、水の入った桶が一つ上がってきた。これをおばさんは持参していた、きれいなバケツに移し替える。
「効率悪いですね……」
これは人が滞留するわけだ。さらに家まで運ぶわけだし、疲れそう……。
「この村は水の出が悪いんだよ。昔は上水道があったんだけどねえ。私がまだ若い頃には、もう水が来なくなってしまったはずだよ」
「クレールおばさんはまだお若いですよ」
「あっはっは! おばさんって呼んでおいて、若いですよはおかしいだろ」
「それもそうでした!」
これはカノン村ジョーク。
私がそんな話をしているさなか、リルリルはおばさんたちの中に行って、水の入った桶を引っ張り上げる手伝いをしていた。
幻獣からしたら、あんなの、そのへんの小石をつまみあげるような軽作業だろうが、村の人にとったら助かるだろう。正しく守護幻獣の仕事をしているな。
そして一通りの作業を終えたところで、私のほうに戻ってきた。
「フレイア、あれをなんとかできんか?」
「あれ」というのは水汲みのことで間違いない。
ちょっとしたことでも、毎日のこととなると、その業務量は相当なものだ。
「引っ張る手間を減らすことなら。劇的に便利になるというわけではないですが、それでよければ」
「なんか、浮かぬ顔じゃのう。難しい注文なのか?」
リルリルは私の顔を覗き込むように見た。
人の姿の時は背が低いから、覗きやすいのだ。
「方法自体はすぐに思いついたんですが、もっと別のところで解せないなと思うことがありまして。まっ、私は島の素人なので、地理がわからないだけなんでしょう」
「ちょっと引っかかるが、別によいわ。余が手伝えることがあれば、言ってくれ」
「この島、漁業もやってはいますよね。目の細かい使わなくなった漁網、もらってきてくれませんか?」
「漁師が困るほどもらってきてやろう」
漁師が困るほどはもらってこないでほしい。
●
翌朝、起きたら部屋の隅に白いもじゃもじゃしたものが置いてあった。
「漁網、もらってきたぞ。漁師は朝が早いから先に出かけた」
隣のベッドでリルリルが腹ばいになって、足をばたばたやっていた。この様子だと、先にクレールおばさんから朝食ももらってるな。
「ありがとうございます。これだけあればどうとでもなります。では、工房に出勤して、作業に取り掛かりましょう」
私は工房に着くと、素材を置いてるスペースから大量の石を持ってきた。
「この石を使います」
リルリルが奇妙な顔をしたのは、目にしたものが知っているものだったからだろう。
「これって、渇きの石ではないか。石に水を吸わせてどうするんじゃ?」
「石に吸わせた水をいただくんですよ。原理としては本当に単純なものですが、適量の水をいただけるようにするまで試行錯誤は必要ですね」
「でも、石が吸った水をどうやって手に入れる?」
私はこぶし大の渇きの石を一個手に持った。
「これを海に入れたらどうなります?」
「さすがに干上がったりはせんな。吸水できるといっても限度があるはずじゃ」
「そういうことです」
私は深くうなずいた。
「渇きの石は一時的にそのあたりの水を吸い取るだけで、その量も限度があるわけです。なので、石を井戸の底の、水源まで降ろせるようにしてやれば――」
「吸いきれなくなった水を石が吐き出すな。しかし、井戸の底で水を吐き出しても使えんじゃろ」
「その渇きの石のすぐそばに別の渇きの石があれば、別の石のほうは渇きの石の中の水分まで吸い上げるんです」
「なんか、図々しい石じゃな」
「そういう性質だからしょうがないです。さて、そんな石を縦にずらっと並べたら?」
リルリルの顔が明るくなった。
「上まで水は上がってきそうじゃな!」
よしよし。理解に関してはしてもらえたようだ。
「たしかに、それなら水桶を引っ張り上げる作業を減らせそうではあるな」
「というわけで、私たちは渇きの石を網で覆って、井戸の底まで届く、細長~~~~~~~~いヘビ状のものを作ります。上手くいけば、渇きの石がどんどん水を吸い上げて、井戸の上のところまで水が達して、そこから水が吐き出される…………といいな」
「あんまり自信なさそうじゃな」
「井戸の水量や深さでかなり変わりそうですからね。大成功という結果になるかはなんとも言えません」
たとえば、水を吐き出しすぎて、井戸のあたりが水びたしだとか……。
そもそも、井戸の途中で水を吐き出すので、水を引き上げるのに使えないとか……。
水が出ることは出るけど、思った以上に少量だぞとか……。
「ほどよい水を供給できるヘビを作れるまで、繰り返すしかありません。まずは工房裏手の井戸で上手くいくかチャレンジです」
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