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錬金術師のゆるふわ離島開拓記  作者: 森田季節
水吐きヘビ

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27 工房開店!

 その日もいい天気というには暑すぎる一日だった。

 クレールおばさんの家で朝食をとった私とリルリルは「それでは、行ってきます」と工房に出勤する。


 工房に着くと、まず商品の最終確認。これはそんなに大変じゃない。私たち錬金術師が扱うものには、一日で腐ってしまうものなんてあまりないからだ。あったとしても、そんなものを作り置きしない。


 大変なのはむしろ店構えの最終確認だった。

 薬の絵が描いてる看板を屋根に取り付ける。


 これもリルリルがいなかったら重労働だっただろう。人の姿で身軽にひょいひょい屋根にのぼってくれた。


「あっ、少しだけ右が下になってます。もう少し上に」

「これでよいか?」

「今度は上がりすぎました。左をもっと上に。あ~、また行きすぎました」


「こまかい! ゆがんでてもよいじゃろ! こんなんで客足に影響せんわ!」

「いいわけないでしょう。店構えが雑だと、作ってる薬も雑ではないかと疑われてしまいます。いいかげんな薬は命に影響するんですから」


 リルリルは「ほかに工房などないんじゃから選択肢もないじゃろ」とぶつくさ言いながらも私に従ってくれた。慎重に看板が平行になるように気をつける。

 看板の調整ができたら、あとは店名を書いた板が貼ってある杭を地面に刺すだけだ。



『錬金術工房 大きなオオカミ』



 オオカミの文字の隅には、犬にしか見えないオオカミのデフォルメ画がついている。

「そなたの特徴が店名に何も入ってないが、こんな名前でよいのか?」

 杭の下の土を固めながらリルリルが言う。


「かまいませんよ。名前自体、本当はいらないとすら思ってるぐらいです。国への届け出の時に店名を記入しないといけないので、そういうわけにはいかないんですが」


「では、余は看板娘をやらせてもらうとするかの」

「私も娘だぞ……。まあ、私の愛想はよくないので看板娘をやりたいならどうぞ。ついに本日午後から工房オープンです!」


 私はぱっと誰もいない道のほうに両手を広げた。

 花が咲きましたみたいなポーズ。


 長きにわたる戦いのすえ、ついに工房の再生を完了したのだ!

「これで私は正真正銘の錬金術師ですよ! 王立錬金術学院の模範的生徒らしく、素晴らしいお店を目指します」


「ところで、営業時間はいつまでじゃ? まだ聞いておらんかった」

「午後から日が沈んでくるまでです。今日に限らず、永久に午後だけです」

「……なんで午前からやらんのじゃ?」


「午前から営業となると、早朝から仕込みが必要ですからね。起きられる自信がありません」

「それは実に模範的じゃな」


「なんか文句ありますか? 別にいいじゃないですか。畑仕事する人にとったら、午前より午後のほうが工房に足も運びやすそうですし。リルリルに魔法の勉強を教える時間だって必要です」


「それを言われると、こっちも弱い」

 現状、リルリルは一人で黙々と本を読んでいるだけだが、それにも時間がいる。

 これは私がサボっているのではない。最低限の知識がないと、指導しようがないのだ。


 十分な知識な興味は、教えを乞う前の大前提で、それがない人にはどんな指導者も教えようがない。


 それに、基礎ができている生徒のほうが短期間で成長するし、成長が速い分、本人もやる気になる。遠回りなようだけど、長い目で見るとこのほうが近道なのだ。


「また草が生えてきおったが、この程度なら許容範囲かのう。おっ、早速来おった」

 リルリルが顔を上げる。フランイング気味のお客さんがやってきていた。


 いや、花束を持っているからお客さんではないのか。マクード村長だった。

「開店おめでとうございます! 末永くよろしくお願いいたしますよ!」


「ありがとうございます。まあ、皆さんがご健康で工房を頼る必要がないのが一番なんですが」

「はっはっは。それもそうですな!」

 その花束は花瓶に入れて、よく目立つ棚の上に置いた。





 午後になると、どんどん村の人や、港の人までが来てくれて、「錬金術工房 大きなオオカミ」は大変にぎわった。


 リルリルも助手というか店員としてしっかり働いてくれた。

 こんなに大盛況なら、何も問題ないな。


 ちょっと忙しすぎるぐらいの素晴らしい門出だ。

 はっはっは! 順風満帆!





「誰も来ないのう。退屈じゃな」

 私の隣で本を読んでいるリルリルが言った。


 私はカウンター後ろの作業机に突っ伏している。

 カウンターは立って接客するのが前提なので、椅子の高さが合わないのだ。


 カウンターで突っ伏すための背の高い椅子を買ってもいいが、入店直後のお客さんにだらけてる姿を見せるのはセルフ営業妨害だ。

 あくまでも作業もだらけるのも後ろの作業机で完結させるほうがよい。


 ちょうど昼寝をしたくなるころあいだけど、業務時間なので耐えている。

「本当に開店直後しかにぎわいませんでしたね。開店ボーナスが一時間で終わるとは……」


「最初のうちは常備薬の薬草類などが大量に売れたんじゃがな」

「逆に言えばこれからしばらくは売れないんでしょうね」


「皆が健康なのはなによりじゃが、これ、経営していけるのか?」

「経営だけなら可能です。家賃はタダですし、島の植物は自由に採取できますし。さらにやむをえない事情であれば、国から補助金も出ます。薬を販売する工房は生活に必要な施設ですから」


「儲かるかというと?」

「疑問です」

 私もため息を吐いたが、おおかた予想していたので、裏切られた感じはない。



「王都の一等地に建ってるような店は別として、工房はどこもこんな調子ですよ。この島だと前にリルリルが言ったように冒険者が回復薬を求めることもないですし」


 冒険者需要はかなり大きい。聖職者の中にはその宗派の総本山の許可を得て、ヒーラー役として冒険者のパーティーに加わる者もいる。


 だが、それだけでは需要のすべては満たせない。聖職者がいるパーティーも冒険中にはぐれることだってある。落とし穴トラップにパーティーの一部だけが引っかかることもある。回復アイテムのポーションは必須なのだ。当然錬金術師は儲かる。


 単純作業の繰り返しは我慢できると思うが、労働時間自体が長そうなのがなあ……。

「ずっと、そなたが渡してきた本を読んでいるが、これでよいんじゃな?」


「もちろんです。魔法に関する職業はどんなものでも、知識の量で決まってきますので。どんな参考書でもいきなり魔法の練習や実践をやらせたりしませんよ」

「それはわかるんじゃが、力を過信しないようにみたいな説教めいた文章が多くて、ちょっと鼻につく……」


「力を過信して取り返しがつかなくなった錬金術師がたくさんいるんです。いわゆる闇堕ちというやつです」


「なるほどのう。だが、やっぱり退屈ではあるな」

 弟子なんだからもうちょっと遠慮しろ。しかし、弟子という体裁の同居人なのでしょうがないか。


「そしたら、少しだけ早いですが、今日は閉店にしますか」

 私は椅子から腰を上げた。


「初日から営業時間が不規則とは、とんだ模範的経営者じゃな」

「この時間なら村で出歩いてる人も多いですし、顧客のニーズを確認しにいきます。それに、急ぎの客は村を通るからちゃんと気づけます」


 私は工房のドアにかかってるプレートを裏返した。

「開店中」の文字が「閉店中。ごめんなさい」に変わる。


 プレートには泣いてる犬の絵がついている。

やっと、工房がオープンしました! 長かったです(笑)。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます! これからも長く続けていきますので、なにとぞよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
島外と取引しているならともかく、島内の取引で錬金術工房が儲けすぎてしまうと島の経済に不都合が生じますしね。 あまり儲けにはならない程度が身軽でちょうどいいかもしれません。
閉店中はわかるが、何故「ごめんなさい」なんでしょうか?
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