26 これぞ除草剤
タイトルを短いものに変更しました!
翌日、私と少女の姿のリルリルはまた荒れ地の前に来ていた。
周囲にはクレールおばさんだけでなく、カノン村の人たちが集まっている。
「皆さん、おはようございます。近日開店する工房の錬金術師のフレイアと――」
「その弟子をやっておるこの島の守り神リルリルじゃ! 今日はこの荒れ地を見事に農地に戻してやろう! とくと見るがよい!」
「あっ、まだ確定じゃないから大風呂敷はやめてください」
これで失敗したら大惨事だからな。大丈夫と思ってるけども。
私は手袋をして、バケツをぎゅっと持っている。直接砂を触ると手が荒れる。
「これは【除草砂】というものです。砂ですが、錬金術師が作った魔法薬の一種だとお考えください。それでは、はじめます」
私は手袋で砂をとって、ぱらぱらと背の高い雑草のあたりにばらまいていく。
感覚としてはほぼ同時だった。
雑草がくしゃくしゃになって――
茶色くしおれてしまった。
そこだけ真冬になったみたいに。
青翡翠島は南国だから真冬でも相当暖かいと思うけれど、あくまでたとえだ。
「おおっ! 草があっさり枯れた!」
「リルリル、抜く役目はお任せします」
すぐにリルリルは雑草を引っこ抜く。
その手にまったく力が入ってないのは見ている人にも伝わっただろう。
「おお! こんなに即効性があるとは!」「こりゃ、すげえ!」
そりゃ、すぐさま効果があったから驚くはずだ。
これを見せたかった。工房の宣伝としては最高のものになっただろう。
「渇きの石という水分を吸収する石を砕いて、魔力で効果を増幅させた砂です。水分を奪う以外の効果はないので、毒性のある除草剤みたいに、ほかの畑の植物や人体にも影響が出ることはありません。たくさん粉を飲むと体の水分が奪われてまずいことになりますけど……そんなことはしないでくださいね」
と、私が話している間にリルリルがバケツをひったくった。
「それ、どんどん撒いていくぞ!」
あ~あ、素手で触ると手がカサカサになるぞ。
そんなこと気にせずリルリルはどんどん砂を撒いていく。
森になりかけていた耕作放棄地は三分ほどの間に畑地に戻っていた。
リルリルだけでなく、村の人も枯れた植物を抜いていった。
手で触ると砕けていくほど乾燥した部分もあったぐらいだ。
「よし、これで肥料でも入れれば畑地として使えるじゃろう♪」
リルリルは左手だけを伸ばして、それを右手で押さえた。体を伸ばしてるんだろうけど準備運動みたいでもあった。機嫌がいいのか、尻尾も動いていた。
マクード村長が前のほうに出てきた。まだ村長も信じられないという顔だ。
「フレイアさん、見事に除草はできたんですが、ここに野菜を植えても水分を吸い取られて枯れちゃいませんかね……?」
「よい質問ですね」
ポーズでもとったほうがいいかなと思って、私は右の人差し指をぴんと伸ばした。
「渇きの石はたしかに水をよく吸収しますが、永遠に吸収するわけではありません。一定時間がたつと、少しずつ水を放出するんです。今回は砂にまで砕いたので、放出するのも早いかな~と」
「ということは……」
「畑として使ってもらって問題ないということです。まあ、最初のうちは水は多めに撒いてくださいね。それと、永久に使えるわけではありません。だんだん水を吸えなくなります」
「石にも寿命があるのか? 石は生きておらんじゃろ」とリルリルが言う。
「細かい原理はわかりませんが、おそらく根詰まりに近い現象かなと」
「根詰まり?」
「微量なホコリなども水を吸い込む時に取り込んでしまうと、それが目に見えないような石の穴をふさぐことはあるかなと。まあ、私は研究者じゃないので正しいかは知りません。今回は細かく砕いてるので、大きな石の時より寿命も短いと思います」
「ずっと土壌が変わるよりはそのほうが気楽に使えて助かるよ」とクレールおばさんが言った。
「そうです、私もそう考えて砂にまで砕いたんです」
「砕いたのは余じゃがな」
「それは……そのとおりです……」
リルリルが成果を横取りするなという顔をしたので、私は視線をそらした。
「どうじゃ! うまいタマネギを作ったらお供えに持ってくるのじゃぞ!」
リルリルのほうが私よりいい気になっているが、いい気になるのに免許もいらないので好きなだけ楽しんでくれ。守り神だから威張り慣れているな。
ただ、クレールおばさんが少し不安そうな顔をしているのが気になった。
土地の所有者が納得してなかったら、それは成功とは言えないぞ。どうした?
「何かありましたか? まさか雑草と思ってた中に野菜でも混じってたり……?」
「そんなことはないよ。ただねえ……こんなにすぐ畑が復活する除草剤なんてあると思ってなかったから……。すごい高額になるのかねえ? 野菜は余ってるんだけど、お金はそんなに使わないから貯えも少ないのさ」
あ~、な~んだ。そんなことか。
「事前に金額の話をしてませんし、この耕作放棄地再生の依頼はリルリルからされたものです。しかも、私はまだ工房をオープンさせていません。そのうえダメ押しで、私はクレールおばさんに宿も食事も提供していただいていました。なので――」
「タダでよいぞ。感謝の印じゃ」
「正解はそうですけど、リルリルが言うのはおかしくないですか!?」
決めセリフを横取りしないでもらいたい。
「工房は近日オープンしますので、もうしばらくお待ちください。急病の人がいたら開店前でも来てくださいね。何かは用意しますので」
結果として、お店のいい宣伝にはなったんじゃないかな。
善行はしてみるものだ。
私って別に性格のいいタイプでもないと思っていたが――
意外と人助けって楽しいな。
こんなことなら在学中にももっと人助けしておけばよかった。いや、私に助けてほしいという人がいなかったのだけど……。
「あのさ、うちの土地にも耕作放棄地があってさ、この除草剤を売ってくれねえか!」「こっちもほしい! 頼むよ! ちゃんと金も払う!」
村の人がどんどん出てきた。
どうやらニーズには合っていたようで、よかった、よかった。
「わかりました! ただ、石を砕く作業がいるんで、ちょっとお日にちいただきます!」
「おっ、余がもっと砕いていいんじゃな♪ あれ、ストレス解消になるのじゃ」
試行錯誤で作った除草剤が形になって、内心で私はほっとしていた。
●
カノン村からの帰り、私は獣のリルリルに乗っていた。
乗せてくれと頼んだら少し渋られたけどOKが出た。
「人を乗せるのは好きではないんじゃがな。島の者にも骨を折って歩けんとか特別な時以外はやっておらん」
「じゃあ、私はなんでいいんです?」
「余の望みをかなえてくれたからのう。だったら、そなたの望みもかなえねば釣り合いがとれぬ」
「そんなことまで気にしなくてもいいですけどね。こんなのはお互い様ですよ」
リルリルの背中はなかなか揺れるが、船のタチの悪い揺れと比べればかわいいものだ。
「本当にすごい除草剤じゃったな。これで、工房もきれいになりそうじゃ」
「へっ? 工房はすでに不気味なぐらいピカピカじゃないですか。ほかにどこをきれいにするんです?」
営業だってもうすぐできるはずだぞ。
「庭じゃ、庭。今のままでは雑木林と見分けがつかんし、見苦しいじゃろ」
「あっ、ほんとだ……」
ついに庭も復活への大きな一歩を踏み出すのか。
「もっとも、草だけ枯らしても、水も引かないとダメじゃし、庭が元通りになるには時間がかかりそうじゃな」
そろそろ工房の営業はできそうだが、マイホームとして完成させるまでの道のりは遠いものになりそうだ。
「庭も手入れした家に住んでいる人に敬意を払いたいと思います」
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