23 荒れ地をどうする
翌朝、私は肉球の感触で目が覚めた。
リルリルが獣の手を載せているのだ。
本人いわく起きたいと思った時間に起きられるらしい。
「散歩じゃ。そなたも細かい道までは覚えておらんし、ちょうどよかろう」
獣姿だと、ぱっと見は犬の散歩みたいになるが、わざとやってるのだろう。カノン村の近くを歩いた。
「なんと言いますか、絵に描いたような農村ですねえ。こういう田園風景の絵、学院の職員室にも掛かってましたよ」
畑が広がっていて、ところどころに家がある。
とくに高台に上がると、村の全体像がよく見渡せた。
村の奥にはわずかに海も見える。海からほどよく離れているので、潮風で作物がまったく育たないということもないというわけだ。
港の周辺でなく、徒歩三十分ほどの場所にこのカノン村がある理由がよくわかる。
「気温的に暖かいからというのもありますが、寒村という言葉は似合いませんね。裕福ではないですが、貧しくもないというか」
「そういう感想か。感想に間違いも正解もないから、それもまた真実じゃな」
「むっ、なんか引っかかる物言いですね。ということは、リルリルはこれには納得いってないということですか」
「余はこの島の発展のためにそなた呼んだんじゃからな。現状に満足しておるわけなかろう」
「そういや、そうでした」
リルリルは守り神としてこの島をもっとよくしたいのだ。
「そなたは海側を見ておるじゃろう。逆側に入っていくと、余が不満な理由もわかる」
「逆側というと、山側?」
私はリルリルについて、村の中へ通じるちょっとした坂を上がっていった。
私たちの前には荒れた土地が広がっている。
いろいろと草や低木が生えてはいるが、どれも痩せた土地に生えてくるものだ。
「まるで私の薬草園……。いや、もっとひどい。規模が違いすぎます」
荒れた土地はずっと先まで続いている。
草木のせいで終点がわからないが、相当な距離なのは間違いない。
「これは荒れ地……いえ、畑の跡地ですね」
「そうじゃ、いわゆる耕作放棄地というものじゃな。高台の畑を耕すのは疲れる。人口が減ってくると余力がなくなって、高台の畑は捨て置かれるというわけじゃ」
はっきり言って、こんな土地は世界中に無数にあるだろう。
それでも自分の目ではっきり見るのはショッキングなものだ。
「畑というのは極めて人工的なものです。ある意味、自然に戻りつつあるだけとも言えます。ですが――荒れた土地をこの目で見ると、物悲しい気分にはなりますね」
かつてはこの土地でも何か作物が収穫されていたのだろう。
ニンジンかタマネギか、そのあたりか。
奥に入り込まないと目につかない荒れ地は、まさに知らないうちにカノン村の体力が衰えていることの象徴のように見えた。
「ここはオグルドの父親が腰を痛めた時に放っておかれて、それ以来こんな有様じゃ。一念発起してまた栽培をしてやろうと思っておるようじゃが、整備の目処が立たずにこのままになっておる」
「低木の数が多いです。森へと近づいてきていますね。草引きのレベルで解消できる段階は過ぎてしまってます」
これを畑に戻すにはかなりの大仕事になる。
「このまま何も手を打たねば、島は少しずつ弱っていくじゃろう。対策を立てるなら早いほうがよい。じゃから、そなたを招いた。これはどうにかできぬか?」
「リルリルの運動量なら少しは打つ手も……いや、きりがありませんね。この土地だけに手を貸すというのは守り神の役目として不適切です」
「そういうことじゃ。手を加えすぎれば、余が支配する村になってしまう。それはまずい」
リルリルもオオカミの姿で荒れ地を眺めている。
なんだか寂しそうな後ろ姿だ。幻獣の威圧感みたいなものはない。
「工房のほうを優先してくれて構わんから、力を貸してくれんかのう?」
リルリルがじぃ~と私の目を覗き込むように見つめてくる。
少し不思議な気持ちがした。強制されてるわけでもないのに、「はいはい、また今度」と言いづらい何かがあるというか。
学院の後輩にものを頼まれたらこんな気持ちになったのだろうか。後輩にも好かれないタイプだったので、こんな機会がなかった……。こんなふうに正面から頼まれれば手伝ってあげなくもなかったのに……。
後輩でも助けてあげようと思う。いわんや、弟子なら助けるしかないか。
私はぽりぽりと頭をかいた。
「ここ、クレールおばさんとオグルドおじさんの家のものなんですよね。だったら、放ってはおけませんよ。恩には報いる必要があります」
耕作放棄地の話なんて、村の人からほとんど聞いてはいなかった。
わざわざ泣き言を言わなくてもと思ったのか。
それとも、仕方のないことだと諦めているのか。
どっちにしろ、このままにしておきたくはなかった。
ポーションを売って、それで事足れりとするわけにはいかない。
この島に足りないのはポーションじゃない。もう一度、元気な村に戻せるんだという希望だ。
「わかりました。工房の開店前に一肌脱いでやろうじゃないですか。開店記念の宣伝としては悪くないでしょう」
「本当か! やってくれるか!」
「リルリルの頼みだけならわからないですが、お世話になった人のためには何かしたいですからね」
「そなたは素直じゃないのう」
リルリルが頭に肉球を乗せてきた。
「いえ、私は素直ですけどね」
ちょっとおちょくられている気もするが、肉球が気持ちよいので許す。
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