21 洗剤を作る!
私は工房(まだ営業できてないが)に戻ると、早速作業に取りかかった。
「本当に簡単なので、リルリルもよく見ていてください。まず、ダイオウサイカチの房から黒い豆を取り出します」
「見た目は傷んだ豆じゃな」
「そんなに間違ってません。これを薬剤を作る用の鍋に入れて、聖水を加えます。ついでに魔力増強石の粉も少々」
材料はこれでおしまいだ。
「で、あとは回す、回す、回す!」
私は鍋をひたすら作業用の棒でかき混ぜる。
次第に豆の周囲から白い泡が現れてきた。
だんだん鍋が泡で満たされる。
「うわ、なんじゃ、こりゃ! 泡だらけではないか!」
「完成しました。【聖水加護付き強力洗剤】です!」
これで掃除が劇的に楽になるはずだ。
私は雑巾を泡の中にちょっと入れてすぐ引き出す。
それから、少し手を伸ばして、テーブルの一つをさっと一拭きする。
「泡がテーブルについただけではないか?」
「十五秒ほど待ってください。それからきれいな布で乾拭きすると――」
テーブルの表面が一気にピカピカになっていた。
「うおぉーっ! 鏡みたいになっておる!」
魔法をはじめて見た少女みたいに、リルリルはテーブルを見つめている。
そのテーブルにリルリルの顔がうっすら反射していた。
「ふっふっふ! これなら、どれだけ汚れが染みついていようと、さっと一拭きして、汚れを取るだけで済みます! 何度もこすらないといけない場所が都合二回拭くだけで終わるんです!」
もうリルリルは雑巾を【聖水加護付き強力洗剤】に漬けていた。
「余も汚れがきれいに落ちるのをやってみたい、やってみたい! むしろ、そなたは何もするな! 余が全部やる!」
そのままリルリルは新築より美しくするなどと無茶なことを言って、作業に取りかかった。
ものすごく強力な洗剤があると、掃除が楽しくなるよな。気持ちはわかる。
すぐにピカピカにできると全能感が出る。
島の守り神が掃除で全能感を出すまでもない気もするけども……。
手伝うと怒られそうなので、私は安楽椅子に座って、リルリルが休憩するまで待つことにした。
南国は気温が高くて、足が冷えないのがいいな。ふあぁ……。
青翡翠島へと向かう船が嵐で揺れまくる夢で目が覚めた。
タチの悪い悪夢だなと思ったら、リルリルが安楽椅子を揺すぶっていた。
「おっ、やっと起きよったか」
「ちょっと! もっとまともな起こし方してください! 夢の中で吐くところでしたよ!」
酔ったような気分で目覚めるとか最悪にもほどがある!
「だって、そなたに完璧なビフォーアフターを見せたかったんじゃ。見よ、あまりにも変わっておる」
言われて、店舗部分がどこも照り輝いているのに気づいた。
「こ、こんなにもですか!? 自分でも想像できないぐらいによくなってます!」
「それだけではないぞ。住居のほうも見るがよい!」
ドアを開けると、木の床に自分の顔が少し映った。
「本当に鏡みたいですね……。ここまでとは……」
「徹底的にやったからのう。これなら今日からでも住めそうじゃな」
リルリルのその言葉はちっともおおげさではなかった。
それぐらいにボロボロだった元工房は、いつでも新規開店できそうな状態にまで見違えていた。
「洗剤の効果恐るべしですね。いえ、これはリルリルのおかげでしょう」
なにせリルリルの顔やワンピースは少し黒く汚れていたのだ。
献身的に掃除をしてくれた証しだ。
「ありがとうございます。想定よりはるかに早くお店を開くことができそうです」
「別にどうということはないわい。そなたがしっかり働こうとしておることがわかったからのう」
そっぽを向きながらリルリルはこう続けた。
「だったら……手を貸すのは自然なことじゃろ」
しっかり働いてくれたのはリルリルのほうじゃないかと思ったが、そこは言わないでおくことにしよう。
強い理由などなくてもそばにいる誰かのために動こうとする、リルリルはそういう性格なのだ。
「やはりペットは失礼ですね。正式に弟子ということにさせてください。リルリルは錬金術師フレイアの一番弟子です」
「心得た。弟子として尽くしてやる……ふあぁ……あぁぁ……」
大きなあくびだなあと思った。
「掃除は走り回るのとは違う疲れが出るものじゃな。余も三十分ほど昼寝する」
部屋の隅でリルリルは白くて大きなオオカミの姿になって、そこで丸まった。
「なるほど。獣の姿なら部屋で寝ても違和感ないですね」
そう考えると、二種類に姿を使い分けられるのって便利だな。
「よく働いたあとの昼寝は心地よいものじゃ」
私の前に最高級毛布を超えたふわふわが現れた。
ここは私も役得にあずからせてもらおうじゃないか。
私はリルリルのおなかのあたりに頭を乗せる。
あぁ……ほどよく沈む!
この包まれている感覚は何物にも代えがたい!
…………このままいつのまにか睡魔がやってきて、やがて眠りに落ち……………………たりはしない。
眠りに落ちない!
「昼寝したばっかりですもんね……。こんなことなら起きているべきでした……」
結局、私は冴えた目のまま、もふもふに抱かれることを選んだ。
「起きたままというのも、それはそれはよいものです」
工房の内部もきれいになったことだし。
あとは商品さえ揃えることができれば、営業もできる。工房でで寝泊まりして……ん……? ……寝泊まり?
さっき安楽椅子で眠って、今はリルリルにもたれかかっているが、寝室はまだ見てなかったな。
起き上がって、かつての寝室だった部屋に行ってみた。
部屋の床や壁はきれいになっていた。さすがリルリルが努力しただけのことはある。
そんなきれいな壁や床の隅に、古くてボロボロの朽ちたベッドが置いてあった。
「こればっかりは新品を購入するしかないですね……」
私が工房で住めるようになるまで、まだまだかかりそうだ。
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