113 似た者同士
「えっ……リルリル? 本物……? お化けとかじゃなくて……?」
「本物じゃ。守護幻獣はそんなにウソはつかん。あっ、こりゃ、重症じゃな」
私がへなへな崩れそうになるのをリルリルは腕をとって、カウンター後ろの椅子のところまで運んでいった。
ひとまず落ち着きはした。恐怖で取り乱したりすることはない。
それはそれとして――
「聞きたいことが多すぎて、どこから聞けばいいかわかりません」
「思いついたものから尋ねよ」
「【透明薬】は封がされていたと思いますが、あれをどうやって持ち出したんですか?」
ものすごくきれいにシールをはがして、貼りなおしたとしても、だいたいわかるものだ。紐だって結ぶ人間によって個性が出る。
「まず、透明になる魔導具は使っておらぬ」
はっきりとリルリルは言った。イタズラを仕掛けて、今更情報を出し惜しみするとも考えづらいから、本当のことを言っているのだろう。
もっとも、全然納得はできないが。
「じゃ、じゃあ……どうやって透明に?」
「実力じゃ」
あほみたいな回答が返ってきた。
理不尽すぎるだろう。もしかして、これは全部夢なのか?
「説明になってませんよ。実力があれば透明になれるだなんてそんな無茶な」
「人間では不可能じゃろう。余もやったことはなかった。じゃが、努力次第でできるのではと思って、少し練習をしてみた。なにせ、普段やっておることの亜種みたいなものじゃからな。自信はあった」
「普段って何のことです?」
リルリルは自分の顔を指差した。
「余の本体は何じゃ?」
「やわらかくてきめ細かい毛です」
「いちいち違うと言ったりせんからな。そうじゃな、本体は高貴なオオカミの姿じゃ。ということは、そのオオカミから見れば、この娘の姿は変化によるものじゃな?」
そこまで言われて、私も話の流れを理解した。
「もしかして、娘に姿を変えるのも、透明な状態に姿を変えるのも、原理としては大差ないと言いたいんですか!?」
リルリルはうんうんと何度もうなずいた。態度は娘っぽくないが、キャラには似合っていると思う。
「透明といっても、そこに実体はあるわけじゃろう? ならば人の姿を選ぶことと発想は近い。むしろ、この世界で神だとかそれに近いとされておる者の多くは姿を見せずに奇跡を起こしておるようじゃ。ありえぬことでもあるまい」
そんなバカなとは思ったが、実行に移されてしまった以上、否定しても空しいだけだ。
「かといって、二、三回挑戦して成功したというわけではないぞ。なので、透明になる薬を知ってから日が開いたというわけじゃ。この手のものは、コツをつかむまでが大変じゃからな」
「透明になるコツと言われてもさっぱりわかりませんよ」
脳内に、透明になるぞと必死に念じている人間が浮かんだ。
成功するわけがないと断定できる。
でも、リルリルならできてしまったということだ。
「あまりに驚かせてしまって悪いことをしたとは思うが、最初に驚かそうと仕掛けたのはフレイアじゃからな。余のことも大目に見よ」
悪いことした奴の態度ではないが、もとはと言えば、【透明薬】を作った私が招いたことである。その点は動かない。
「もう怒ってませんから安心してください」
それに腹が立っていても怒る気力があまりなかった。感情の乱高下で少し疲れた。一応、走ったあとだし、ついさっきは気絶しそうなほど怖かったのだ。
私は椅子から立ち上がった。
「少しだけ横になってきます。お客さんが来たら呼んでください」
寝室に入ると、口をぽかんと開けて、ベッドに仰向けになった。閉じられた空間がまだ少しおっかないので、ドアも閉めない。
少しだけこうやっていれば、いずれ回復するだろう。寝落ちしてしまうこともないと思う。
十分ほどした頃、リルリルが来た。
てっきりお客さんだぞと呼びに来たと思ったのだが、部屋に入ると、獣の姿に変わった。
「本当に怒ってませんから、反省しなくていいですよ」
「その話ではない」
じゃあ、何の話だろう?
「『親』とさっき、口にしておったじゃろ」
心霊現象に出会って、たしかに私がその可能性を考えた。
そして、声にも出していた。
「先に言っておきますが、親がいなくて寂しいとは思ってないですよ? 寂しいと感じる前から親がいなかった立場ですから。初めて見る景色でなつかしい故郷だと思わないのと一緒です」
「それはわかっておる。でも、甘えられる存在がおらなんだというのは不公平ではあるじゃろ」
リルリルは強引にベッドに乗った。
「余が親なわけはないが、長くは生きておるからな。甘えたくば……使ってもよいぞ」
なるほど。不公平か。親がいなくて寂しいわけではないが、親がいる人より損をしていると言えなくもないのか。損とか得とかで考えることじゃないかもしれないが、あくまでも比喩として。
「ぎゅ~っとしていいですか」
「べたべた触るのでなければな」
私はリルリルに抱きついた。
いつもは撫でまわすようにするのだけど、甘えていいと言われた直後にそうされるのはリルリルも不本意だろうから、子犬のようにひっついた。
しばらくの間、私はそのままじっとしていた。
解毒薬も作る職業の人間が使うたとえとして不適切かもしれないけれど、体の毒が抜けていく気がする。
無言でも気まずくはないものだな。無言で気まずくなるようなら、ひっつくこともないか。
「本音を言うとじゃな、余も親のおらぬ気持ちというのはあまりわかっとらん」
ベッドで横になってなかったら、ずっこけてそうなことを言われた。
「こんな時にはしごをはずさないでくださいよ」
「だって、余も親はおらんかったからの。気づいたら生まれておった」
「あっ……」
以前にもリルリルはそんなことを語っていたな。
神に近い者なら、はっきりとした親がいないことは不思議ではないのか。
「ということは似た者同士ってことですか」
「状況としてはな。ただ、人間に親がいることが多いのは知っておるから、フレイアが不公平かもなと思っただけじゃ。平気だというならそれでよい」
私は何も言わずにリルリルのおなかの毛に顔をうずめた。
似た者同士でも、甘えさせてやろうと思ってるのでも、一種の同情でもどれでもいい。こうやって、ぬくもりを感じられていることに違いはないのだ。そして今の私が悪い気分じゃないってことが大切だ。だから、これは間違っていない。
このまま眠ってしまうと本格的な職務放棄になりかねないので、私は体を伸ばした。
「ありがとうございました。すっきりしましたよ」
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