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錬金術師のゆるふわ離島開拓記  作者: 森田季節
ポーション対決

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111 バレるのが早すぎる!

 これがあれば、村の人に知られずにランニングができるはずだ。走ってる間の景色は似ているから、おそらくいける。十五歩進むごとにつけなおしの必要がいるってことはない……はず。


 でも、どうせなら実験をしておきたい。

「弟子たちを驚かせてやりましょうかね」


 私はにやりと笑った。


 リルリルもナーティアも近づかせなかったのは、当然この悪だくみのためだ。

「まずはリルリルから試してみましょうか」










 リルリルはカノン村に畑の見回りに行っていて不在だった。

 工房に戻ってきた時にはやけに多くの野菜を手にしていた。もしかしなくても夕飯の用意のためだろう。


 リルリルは台所に野菜や肉を並べだした。

 これで野菜が知らないうちに消えていたなんてことになったら、何が起こったんだと思うだろう。


 私は早速、人目のないところで【透明薬】を使用する。

 腕、それから服や靴にも小さな刷毛で薬液をつける。


 鏡で確認すると、じわじわと自分が薄くなっていくのがわかる。

 そのうち、室内の景色の中に溶けたようになった。


 最初は、玉ねぎをそうっと持っていってやろう。

 そのあとに今度はニンジンを。


 少しずつ野菜が減ったら、これはおかしいということになるはず。

 リルリルが料理用の鍋を持ってきたタイミングを狙って、台所に侵入する。


 足音も立ってない。私は玉ねぎを一つとった。


 さあ、すぐに引き返して食堂のほうに移動しよ――

「おい、玉ねぎなんか持っていって何をする気じゃ」


 不思議そうにリルリルが言った。

 えっ? バレた? 玉ねぎが浮いているように見えた?


 でも、リルリルはこっちを向いてもいないので、玉ねぎが浮いていると考えることすらないのでは……。


 そんなことを考えていたら、リルリルがはっきりとこちらに顔を向けた。

「なんじゃ。姿を消す魔法でもあるのか。姿だけ消えてもあまり意味はないがな。玉ねぎが足らんとシチューが味気なくなるから持っていくな。玉ねぎの甘みが大切なんじゃ」


「驚きもしない! どういうことですか?」

「どういうことも何も、気配でわかるだけのことじゃ。ネズミぐらいの小さい獣ならともかく、人間一人が台所に入ってきたらすぐ気づくわい」


「そういうものなんですか……。まあ、そうなってるんだから、何も言い返せません」

「守護幻獣の力を舐めるなということじゃな。だいたい見た目など飾りじゃ。そんなものを気にしてもつまらぬわ」


 悟った聖職者のようなことを言われてしまった。


 しかも、私に即座に気づいたという「実績」があるので、口先だけだとかも言えない。

「リルリルの場合は匂いもわかるでしょうし、姿が透明になったぐらいじゃダメなんでしょうね」


「匂いで判断したわけではないぞ。それと、玉ねぎが浮いとるみたいで変じゃから、置いておけ」


 私は玉ねぎを元の場所に戻した。

 作戦としては大失敗だ。


「ですが、リルリルほど鼻の利かないナーティアなら騙せるかもしれません。引き続き調査を行います」


「イタズラしたいだけじゃろ」

 そこまで言って、リルリルは口角を上げた。


「でも、困るのはフレイアかナーティアのどっちかじゃな。なら、好きなようにせよ。どっちに転んでも面白い」


 これではリルリルの手のひらの上で踊ってるみたいだが……こうなれば、とことん踊ってやろうじゃないか。







 幸い、ナーティアは書庫で立って本を読んでいて、こちらの騒動は聞こえていないようだった。


 書庫は通気性のためにドアがいつも開けっ放しになっているので、接近はしやすい。書庫の手前の、壁にもたれかかっているナーティアを確認できる場所までは来られた。


 見た目だけなら文学少女のようだが、読んでいるのは錬金術の教科書なので、おそらく文学少女には該当しない。


 ナーティアの最近の熱心さは素晴らしいものがある。元々、まともに本なんて読んだことがないから、スタートラインがリルリルよりは後ろだったが、この調子ならそのうち追いつくだろう。


 書庫の手前の壁にもたれかかりながら、【透明薬】を塗っていく。

 手のひらをじっと見つめると、床や壁にまぎれていくのがわかる。擬態がはじまっている。


 どういう方法で驚かそうか。本がそうっと宙に浮いているというような形にするかな。

 勉強の気を散らすのは、師匠としていかがなものかとは思う。でも、イタズラとはそういうものなのだ。許してほしい。


 そうっと書庫の中に入って――

「フレイア様、何かお探しですの?」


 入った瞬間バレた!


「あの、せっかく透明になったのに、気配だけで気づくの、やめてくれませんか」


 やけくそになった私は透明のまま、しゃべった。

 ナーティアは何もいないところから声が聞こえるなんて驚きは一切示してない。


 姿を消した程度では驚くことにすら当たらないらしい。

 私の小細工が本当に恥ずかしくなってきた。


「風の流れが明らかに変わりましたもの。何かが近くにいて風をさえぎってるのはすぐわかりますわ。野外の開けた場所なら、また違ってくるでしょうけれど」


「なるほど。透明になったからといって無意味ということがよくわかりました」

【透明薬】は不用品の棚にでも入れてしまおう。


 今更だけど、姿だけ隠して何かしようという発想がダメなのだ。


 それと、動物というのは気配を見事に察知する。視覚というのは感覚の一つにすぎないので、それだけ誤魔化してもほかの感覚が優れていればリカバーできる。


 景色に擬態して走っても、靴の音が消えずに響く。もし、カノン村で謎の靴の音がするという幽霊騒動でも起きようものなら、結局釈明する羽目になる。


 不純な目的で作った魔導具は、効力も知れている。

 困ってる人のために作ったものは、それなりの価値やら普遍性やらを持っていた。


「反省、反省。反省できてるうちは成長しているということと考えましょう」

 私は【透明薬】を危険物の棚に入れて、さらにシールを貼って封印した。


 小細工はもうしない。

GAノベルから2巻の発売が決定しました! 4月中旬発売予定です! 今後ともよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
まあ相手が悪かった気はしますが、そもそも別にランニングするのをそこまで隠さなくてもいいですよねw 次回の更新も楽しみにお待ちしております。
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