110 おどろおどろしい材料で
私の頭にはこんな言葉が浮かんだ。
どっちもどっち。
一方的に迫害されてかわいそう、という流れだとわかりやすいし、お涙頂戴の展開になるのだが、そこはそれ、ロック鳥は矮小な人間などよりはるかに強いので、そんなことにはならない。
私も後ろ盾がないという点ではナーティアに近いから感情移入できるかと思ったが、さすがに無理だった。「矮小な者どもが何かほざいておるな」みたいな気持ちになったりしたことはない。
「やっぱり体が丈夫というのは大切ですね。無駄なところで鬱々とせずにすみます」
「鬱々とする時もありますわ。あんまりいい食事にありつけなかった時とか」
リルリルが「そういうことではないじゃろ」という顔をしていた。
「じゃあナーティアは、自分なんてどうでもいい、消えてしまいたいといった落ち込んだ気持ちになったことはありますか?」
「消してしまいたいと思ったことはありますが、なんで自分が消えねばなりませんの?」
健全すぎる精神は戦闘に向いているな。
私も走り込み(いわゆるランニング)ぐらいはしたほうがいいかもな。
カノン村と工房の往復ぐらいならできるし、お客さんがいれば途中で気づくから、営業中でも問題なく走ることができる。
これは本当に向いているかも。
でも、走り込みをしてるの、すぐにカノン村中に広まるな……。
恥ずかしいことをしてるわけではないけど、体力をつけようとしてるんだなと知られまくるのは嫌だ。プライバシー的な意味で落ち着かない。
「なんで、こんなところで考え込んどるんじゃ」
箱に入ってる小瓶が顔に当てられた。ちょっとだけ冷たい。
やったのは言わずもがなリルリルだ。
「変なことしないでください」
「魔導具でも考えてるんじゃろうが、そういうのは歩きながら考えたほうがよいぞ。それに、ここでじっとされても余たちも困る」
「文句を言いたいですが、たしかにここで立ち止まると変ですね」
倉庫は出入口が広いので光もよく入ってくる。だから薄暗いわけではないが、かといってじっと考え込むのに適した場所かと言われればそんなことはない。荷物泥棒と思われても心外だ。
「じゃあ、持って帰るの、リルリルよろしくお願いします」
リルリルは「荷物持ちで連れてきおったな」という顔をしたが、とくに文句も言わずオオカミの姿になってくれた。背中に箱を載せた。
で、その帰り道、一ついい魔導具を思いついた。
「歩いてると思いつくというのは本当ですね」
「そうじゃな。走って帰りたいが割れ物も入っておるから落ち着かんわ」
ゆっくり歩けというのは、それはそれで疲れるからな。
「申し訳ないので、あとで私がもふもふしてあげましょう」
「フレイアしか得しておらん」
私は作業部屋に入ると、魔導具の制作に取りかかった。
リルリルとナーティアに関しては毒を扱うので立ち入り禁止と言ってある。ウソではないが、真実でもない。
毒が危ないというのは入ってはいけない理由じゃないからだ。
四角目玉カエルの毒液をビンから少量だけ実験用の鍋に移す。
当たり前だが、毒薬を作るわけではない。毒で苦しめたいほど恨んでいる人間は別にいない。
強いて言えば、自分の親がものすごく自己中心的な理由で私を捨てたとかであれば、恨み言を言いたくはあるが……どうなんだろうな、もし親を名乗る人間が出てきても許してしまう気がする。
理由は今の私がそれなりに生活できているからだ。
明日がどうなるかもわからないほど困窮していれば恨みもすると思うけど、錬金術師という安定した仕事につけているので、現状だけ見ればそんなに悪くない。
いちいちリルリルに言うと幻滅されそうなので言わないが、ぶっちゃけ貧しすぎる親のところに残されていたほうが、今頃不幸だったおそれもある。
いちいち言うことじゃないけど、ありえない話ではないと思う。
で、私を捨てた親が私より不安定な生活をしてた場合、あなたのせいで不幸になったんですよとは言えない。だって、不幸になったわけではないから。
――などという空しい思考実験をしつつ、私は薬を少しずつ毒液に混ぜていた。
四角目玉カエルの特徴は四角い目玉だが、それは見た目の点で、ほかにも特徴はある。
このカエルは周囲に擬態するために体の色をいくつも変えられる。
その力はカエルに備わっている魔力によるものだ。
そんな力の源泉がこの「毒」液。毒液といっても、人間が大量に摂取すれば有害で毒薬にも使われた歴史があるというだけで、このカエルは毒で獲物を集めてはいない。
まして、人間や大型の動物を毒殺する意図はないし、できない。
この色を変える力を使わせてもらう。
体に害がないように、一方で、しっかりと効くようにという塩梅が難しいけど、安全第一で。
しばらく調整を繰り返し――
ついにできた!
空っぽの香料を入れるような親指ほどのサイズの小瓶に、薬液を慎重に入れれば完成だ。
【透明薬】、製作成功!
聞こえると意味がないので、声は出さない。
言うまでもなく、透明になる薬である。なお、肉体以外でも効き目はあるので、服につければ服も透明にできる。
なお、この魔導具の効果は薬液のついたものを周囲の色に紛れさせるものだ。だから、服だけにかけたからといって裸に見えたりはしない。服の下にある体の部分も同じように周囲に紛れるからだ。
じゃあ、服にだけかければいいのではということになりそうだが、そうすると、服の下ではない首から上の部分がくっきり見えてしまう。つまり、生首が浮いているようになる。
これじゃ不気味なだけだから、ミスのないように体にも服にも薬液は刷毛でしみ込ませるほうが確実だ。
なお、背景があまりにも違う場所に移動すると効き目がなくなるらしい。だから、【透明薬】を使用した周辺から離れる時に、力は失われる。
仕組みはあまりわかってないが。森の中に紛れているカエルをお皿の上に動かしたら、擬態にならないということだと思う。
そのあたりは魔力でどうにかしているんだろう。魔力で擬態の力を強めた魔導具と考えれば説明はつく。
これがあれば、村の人に知られずにランニングができるはずだ。走ってる間の景色は似ているから、おそらくいける。十五歩進むごとにつけなおしの必要がいるってことはない……はず。
GAノベルから2巻の発売が決定しました! 4月中旬発売予定です! 今後ともよろしくお願いいたします!




