106 おいしい側の勝利
「せ、説明をしなさいよ! ポーションにコンセプトがあるんだよね? 負けたアタシが納得できるようなすごいコンセプトを話して!」
「そうでした、そうでした。ですが、その前に審査員の講評を聞くべきではないですか?」
「それも、そっか……」
アルメリーゼさんはひざまずいたままうなずいた。
誰か手を貸すべきだろうけど、私がやると当てつけみたいなんだよな。司会者がやってくれ。
「じゃあ、端っこの奴からいくぞ。審査員のそなた、勝ち負けを決めた場所はどこじゃ?」
「こっちの黄色のポーションのほうが、おいしかったんだよ」とその審査員は私のビンを持ち上げた。
「ほほう。では次。そなたじゃ」
「同じく、味が違いすぎたね。こっちの半透明のポーションは変な味がして、全部飲めと言われてもきつい。この黄色のポーションはごくごく飲めるし後口もいい」
「えっ? 味? 味で決まったの……?」とアルメリーゼさんが変な顔をした。
そこにナーティアが私の作ったポーションのビンを持ってやってきた。
「どうぞ、これが勝負に使ったポーションですわ」とアルメリーゼさんに渡す。
彼女もようやく立ち上がって、私のポーションを口にした。
「お、おいしい……。よくできたジュース」
「ですわよね。わたくしもいい味だと思いますわ」
「――でもさ、これってポーションとしては……問題じゃないの?」
その言葉に審査員がちょっとざわつく。
おそらく体に悪いものでも入れてあるのではと勘違いしてるな。
そんなものは入れてないぞ。
「ええ、これをポーションとして売ることはしてませんし、これからもしないでしょう。でも、問題ないでしょう? これは工房の売り物での対決ではないわけですから。無論、体力を回復する薬草も使って、効果が強くなるように魔力も込めてはいるので、定義上はポーションです」
観客たちは訳がわからんという顔をしている。
それもそうか。審査員は学院の教員じゃないからな。
「おい、フレイア、わかるように説明せよ。みんな、ぽかんとしておる」
「アルメリーゼさんでも説明可能だと思いますよ。彼女は完全に理解されてますから」
悔しそうな顔をしたあと、彼女はこう言った。
「これはポーションとしてはおいしすぎる。それ自体が嗜好品になるような味のポーションは、飲みすぎてしまうおそれがあるから、錬金術師は作らない……。ポーションは大量摂取を前提にはしてないから。あくまでも薬だから」
「そう、これは限りなくジュース寄りのポーションなんです。島の果物をふんだんに利用しました。柑橘類が多いので、ほぼオレンジジュースです」
「オレンジジュースじゃと!? じゃあ、ポーションではないではないか!」
「いえ、繰り返しますけど、定義としては絶対にポーションですよ」
極めてジュース寄りのポーションを作る。
それが私のコンセプトだった。
「回復量でも、薬草の選び方でも、アルメリーゼさんのポーションのほうが上でしょう。でも、専門じゃない人にとってみれば味がいいものを選びますよ。それに合わせたってだけのことです」
審査員から「こっちのがうまいもんなあ」といった声がした。
まずいほうを選ぶなんてできないよね。
錬金術師じゃないんだから配合の妙なんてわからないし。
「じゃ、じゃあ……ワタシはルールの把握が微妙だったから負けたってこと……?」
呆然とアルメリーゼさんは天をあおいだ。
「ルール把握を怠っていたってことか。だから隙を突かれた……」
そういう解釈もできはするだろうな。
「それだけじゃないですけどね。あなたが真剣に質のいいポーションを作ることは予想できたので、こっちは意外性のあるものを用意しました」
最初から私に正面から立ち向かうつもりはなかった。
勝負は全力でやるが、小手先の技は仕掛ける。それが私の戦略だった。
「なんで、そこに意外性が必要なわけ……?」
「もし、審査員が錬金術師だったら私はどうしたと思います? なお、勝利を目指して最善の手を選ぶととします」
アルメリーゼさんは頬に人差し指を当てて十秒ほど考えたあと――
「ワタシと同じようなものを作った……。果物ジュースまがいでは勝てるわけがないから」
「はい、私もきっとそうしたと思います。錬金術師のポーションの評価軸は決まってますから。色が濃いほうが勝ちなんてことになるわけがない」
私はつかつかと歩いて、彼女の真ん前に立った。
あんまり近づきたくないけど、同じ言葉でも目の前で聞いてもらったほうがいい。
「で、そんな些末なアレンジの差で優劣決めて意味あります?」
「……え、ええと」
意味があると即断できなかったその態度がすべてを物語っている。
「錬金術師というのは競い合うものじゃないでしょ。その土地に根差して、及第点の商品を提供できるならそれでいいんです。顧客は世界一の錬金術師のポーションしか買わないなんて思ってませんよ」
同様のことって、ぶっちゃけ二日前にも言ったんだけどな……。
でも、あの時はきっと逃げてるだけの方便ととられただろう。
今なら事実だと受け止めてもらえるはずだ。
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