103 島の娯楽!
アルメリーゼさん来訪の翌日、私は工房から一歩も出なかった。
ポーション作りが忙しかった――というのは半分は建前で、港に出てアルメリーゼさんと出会ったらお互いに気まずいからだ。
私と対決に来たわけだから調薬の準備ぐらいはしてきてるだろうけど、かといって向こうにとったらアウェーの離島だ。プレッシャーまでかけるのは可哀想だ。
ポーション対決の話自体はリルリルがガキ代官ことエメリーヌさんに通したらしいので、何のはばかりもなく開催される。
代官がいいとおっしゃれば、島ではそれが正義である。届け出をしないといけない場所が一つしかないというのは楽と言えば楽だ。
で、ポーション対決の当日になって、昼前に港に出向いたのだけど――
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王立錬金術学院 一位・二位対決 至高のポーションを作るのはどちらだ?
フレイア VS アルメリーゼ
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そんな看板が港でも一番にぎわう交差点に立てかけてあった……。
「なんですか、これ! 恥ずかしい!」
「せっかくの勝負じゃからな。港や村に合計五箇所ほど設置したそうじゃ。しっかり宣伝するとエメリーヌが言っておった」
平然とリルリルが伝えてきた。
「じゃあ事前に知ってたんですよね。師匠に教えてくださいよ。上下関係を無視しないでほしいです」
「事前に言ったら、参加拒否とか言い出しかねんじゃろ。それでは看板を作ったエメリーヌもウソつきになってしまうし、対決を楽しみにしておった者も悲しむ。余は守り神として島の者の幸せのために動かねばならん」
面白そうだから言わなかっただけだろ。
だが、港で口論するわけにはいかなかった。
すでにカノン村からもウェンデ村からも人が集まっているらしく、いつもより人の数が多い。
騒ぐと変な目立ち方をしてしまう……。
会場ということになっている埠頭のあたりに行くと、大きなテントが張ってあって、その下にテーブルが並べられている。
「港で働く者が参加して用意してくれたらしいのう。よかったな。準備万端じゃ」
「こんなことなら、場所もカノン村に設定しておくべきだったか……」
やけに大規模なお祭りみたいになってきている。
近くではイカを焼いた屋台や手作り雑貨の店まで出ている。十以上の仮設店舗が並んでいた。
と、悪の親玉がこちらに近づいてきた。この島で一番高級な服を着ているのですぐわかる。
「どう? 突貫工事の割にはよくできてるでしょ? あははっ♪」
言うまでもなくエメリーヌさんだ。
「政治家というのは人が嫌がることをよく知っていますね」
「褒めてくれてありがとう。善人には島の代官だってつとまらないから。対戦相手はあっちでお待ちかねよ」
私たちはテントの裏手側に移動した。テントの一番奥では薬草が並べられてるテーブルがある。あそこがポーションを作るスペースか。そこでアルメリーゼさんが準備をしていた。
「あ、今日はよろしくお願いいたします」
私があいさつをすると、彼女はこっちをにらみ返してから、そっぽを向いた。
マナー違反!
「対戦前とはいえああいうの、よくないと思いますけどね! 格闘技じゃないんですよ!」
「あなたって敵が多いのね。製作過程が見えちゃうとよくないから、あなたの作業スペースは離れたところに用意してるわ。それと、アルメリーゼさんのスペースも、あなたのスペースももお客さんからも見えないようになってる」
フェアな条件は用意されているということか。
「はいはい。別にいいですよ」
私は荷物を持っているナーティアに目を向けた。
「どこに出しても恥ずかしくないポーションをお見せしますよ」
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私は持ち場のテーブルに素材を並べて、黙々と作業にとりかかる。
助手にはナーティアがついている。こうやって目の前で薬の扱い方を見てもらうのだ。
「あの……運んできた時から気になってはいたのですが、料理用の材料ではありませんわよね?」
素材を見てナーティアがけげんな顔をした。
「ええ。だって、売り物のポーションを作るわけじゃないですからね。勝てばそれでいいんです。売り物のポーションとこれからできるものを想像してみてくださいよ」
「あっ……あ~。本当にそのとおりですわね。わたくしもこちらをほしいと思いますもの」
ナーティアはよくわかったという顔をした。
「わたくしとしたことが基本を失念しておりました。勝負において大切なのは全力を尽くすことだけではなく、勝ちをつかむためにあらゆる手練手管を使うことです。全力を尽くすことは褒められるべきですが、敗れてもいいと思っての全力であればそれはただの匹夫の勇。無粋も無粋、大無粋ですわ」
大無粋!
無粋の上の単位が出たぞ!
「不本意であろうと、戦うことになったからにはやりますよ。二位との決定的な差を見せつけてやります」
で、心残りなく、王都の工房にお帰りいただく。
「ところで、フレイア様はどんな学院生活を送ってらしたんですの?」
皮をむきながらナーティアが聞いてくる。
「前半はありふれた話し相手がいない学生で、指導教官がミスティール教授になってからは教授の教官室に入りびたってました」
「ありふれた話し相手がいない学生……?」
なんだ、文句あるのか? 話し相手がいない学生ぐらい、どこにでもいるだろ。
「ああ、孤高の学生ということですわね。それならすんなり理解できますわ」
「それです。孤高の学生でした」
学院はけっこう教師の目が厳しいというか、いじめをするような奴があっさり監獄みたいな反省室に幽閉される仕組みだったので、そこはよかったかもしれない。
そうでなければ身寄りのない子供なんて、ほかの余裕のある子供からは格好の獲物に映っただろう。
ただ、だからこそ話し相手がいないまま突き進んでしまった面はあるかな……。
卒業したらどうせ全国各地の工房に飛ばされるから、学生時代のコネなんてものもないし、その点では私も友達多い奴も平等だけども。
手を動かしながらそんな過去の話をナーティアにしていると――
「皆の者、聞こえておるか~!」
幕の外からとてつもない大声が聞こえてきた!
風もないのに観客の目に触れないようにする幕が本当に揺れた。
言うまでもなくリルリルだ。




