102 ポーション勝負
リルリルは私のほっぺたを両側からぎゅっと押した。
ぐうぇっ!
「にゃ、何するんでふ……」
「対戦してフレイアが大損することでもなかろう。負けて職を失うわけでもないじゃろ。やってやれ」
そんなことより、ほっぺたを押さえつけないでほしい。
「もしや、私がもふもふもしてる時もこんな気持ちなんですか……? だったら申し訳ないことをしていたかもしれません……」
ただし、もふもふしないとは言わない。ふわふわの毛に包まれると癒やされるのだ。
これは全身には毛のない生き物である人間の本能なのだと思う。欠落を埋めたいわけだ。
「そういうわけではない。もふもふされるのは、顔をぎゅっとされるのとは違うからの」
「なら、もふもふします」
「それより対戦してやると言わんか! こやつも身動きできんじゃろ! すでに島に来てしまっとるんじゃ」
うやむやにできるかと思ったが無理だったか……。
ナーティアが二位の人にハンカチを差し出していた。印象としてあまりにも私が悪者すぎる。
「ここには何日いる予定でしたの?」
「三日後の船で帰る予定になってる……。それで工房での勤務日には間に合うから……」
「だったら、二日後に何か対決をするというのはいかが? 明日は一日準備に使えますし」
「あの、ナーティア……? 私が参加する前提で話を進めすぎでは……」
ナーティアが私の目を見据える。目つきがとことん鋭い。
「フレイア様、勝負を挑まれたからには戦わねばなりません。でなければ、無粋ですわ!」
弟子に叱咤された。
ナーティアが無粋という言葉を使ったということは、まだ逃げるなら許さないぞということだ。
これが人間とロック鳥の差なんだよね……。今、私はナーティアという弟子と対峙しているんじゃなくて、ロック鳥という巨大な動物と対峙している。
「わかりましたよ……。勝負を受けます」
こんなの、どうにもならない。多数決で私は負けている。
「けど、この島でどうやって勝負するんですか? 試験問題を作ってくれる教官なんていませんよ?」
ようやくアルメリーゼさんが顔を上げた。島に乗り込んで泣いて、心根がまっすぐな人なんですね。青春してますね。
「ポーションでどう? 素晴らしいポーションを作ったほうが勝ち」
これは事前に考えていたな。
なるほど、錬金術師の主力商品の質を競うというのは勝負として王道――と言いたいところだが、それも難しいのでは。
「素晴らしいポーションかどうかをどう判定するんですか? 違いのわかる教官なんてここにはいませんよ?」
「漁師の人たちも、この島を中継地点にして休憩のために上陸する船乗りもいるよね。海の男たちが十人いれば審査はできる」
たしかに冒険者ほどではないにしても、肉体労働をする人たちだからポーションをよく使う職業ではあるか。顧客の満足度で結果を出すという考え方は正しい。カノン村の人とかが審査すると八百長を疑われるしな。
なお、別にこの工房で船乗りのお客さんは少ない。港から片道四十五分かかるせいである。そもそも船乗りはポーションぐらいストックして船旅をしている。
「では、それでいきましょう。審査員は島の代官にでも一言言っておけば手配してくれるでしょ」
こうして、私は暑いさなかにポーション対決をする羽目になった。
ミスティール教授の言ったとおりになった。私にまずいことが降ってきたのだ。
●
あのあと、アルメリーゼさんはリルリルに港の宿まで送り届けられていった。
泣き顔で一人で港まで行かれると私が泣かせたように思われるので(実際、私が泣かせたんだけど)、事情を説明できるリルリルがいてくれるのはよかった。
私はお客さんの来ない店舗スペースでポーションのビンを並べていた。
「ポーションで勝負といっても、売り物を出しても芸がないかなあ……」
勢いで受諾したけど、冷静に考えるとあさってまでに何をすればいいんだろうか。
すでに決戦の場に提出するべき成果物は店頭にあるのだが、それを出して、はたして勝負と呼べるのか?
決着がつくなら勝負は勝負だけど、アルメリーゼさんはやりきった顔で王都の工房に帰っていけるんだろうか?
極論、私のポーションを大陸に持っていって、品質勝負をするのと同じことだ。
「でも、ポーション作りって学院で勉強したことの集大成かというと、そういうわけでもないしなあ……」
基本的なポーションであれば、変な話、錬金術師として一流でなくても作れる。
というか、一流の錬金術師しか作れないのであれば、錬金術師の資格の意味がないことになってしまう。
そこそこの能力でも商品になるものが作れるから、各地に工房があるわけだ。
「超高級な素材を入れる? けど、審査するのは錬金術師じゃないし……。『こいつ、こんな素材使ったな、やるなあ』って思わないし……」
いい案が浮かばないと思っていたら、なぜかカウンターのほうにナーティアが立っていた。
「先ほどはぶしつけなことを申してしまって、すみませんでした」
ナーティアが体を斜め四十五度曲げて、謝罪する。そういう礼節はやけにちゃんとしてるなあ。孤高を貫くロック鳥がどこで謝罪の仕方など学んだのだろう。
「それは別にいいんですよ。私が損するようなことでもないですし」
「わざわざ青翡翠島まで来たあの方のことを放っておけなくなりましたの」
「その気持ちはわかりますよ。私だってすべて他人事なら行動力があると褒めてたと思います」
近所に住んでるならともかく、島にまで渡ってくるのはすごい。彼女が二位になれたのも、そのやる気なんだとは思う。
「――でも、過去を清算するために勝負しろっていうのは、絶対に違うと思うんですけど」
そんな言葉が自然と自分の口から出てきた。
「違うというのは? 錬金術師の魂に関する部分ですの?」
ナーティアが真剣な顔で尋ねてきた。
「魂はおおげさですけどね。けど、錬金術師として執着する対象がおかしいというのは肌で感じるんですよ。まだ、上手く言語化できないんですが……」
向こうは二位である自分が一位になるために勝負に来ている。そこは動かない。
だったら、一位だった者として、その執着が無駄だと示すようなものを見せられれば、意義はあるよな。
「ナーティア、ありがとうございます」
「はて? 謝ったばかりでお礼を言われるとは思っていませんでしたわ」
「話していたら、少し方向性がつかめてきました」
やはり、正面からぶつかるのはおかしいな。
真剣にぶつかることで私からのメッセージにしよう。
ただし、真っ正面から当たるかは別だけど。




