地道行人・アフターストーリー
トゥルーハーレムハッピーエンドルートの話
「行人さん。私はもう、ここには来ない方が宜しいのではないでしょうか?」
夏休み真っ只中の事、いつものように俺の事を監視監督しにやって来た紅月さんが、夕食終わりにそんな事を言ってきた。
だらけ切った俺を管理するには訪問回数が多いな、なんて思っていた所にこの発言。俺は紅月さんの意図を確認する。
「来ないって、どうしてですか? もしかして俺、生活力が上がったから世話を焼く必要がなくなったとか?」
「いえ、行人さんは相変わらず生活力がありません。ありませんが……」
「ありませんが?」
「行人さん、彼女が出来ましたよね? 私がここに通う事を、彼女は嫌がると思います」
なるほど、確かに紅月さんの言う事は一理ある。彼女でもない女が彼氏の部屋に入るとか、普通に考えたら嫌だろう。
だが相手は紅月さんだ。紅月さんの事はみんな知っているし、今更な感じがするのだが。
「今更じゃないですか? 今までと何も変わりませんよ」
「それは行人さんと皆様の関係が友人だったからでしょう。彼氏彼女の関係となった以上、私は一線を引くべきかと」
「いやでも、俺と紅月さんの関係は特別じゃないですか? みんなも紅月さんの事は受け入れてくれると思いますけど……」
「受け入れて……くれるでしょうか?」
「くれますよ。というか、もう受け入れていると思います」
「それはありません。どちらかというと危険視されていると思います」
なぜ危険視? 紅月さんのどこが危険だというのだろう? 紅月さんの表情を確認してみるが、真面目な顔をしているので冗談ではなさそうだ。
まぁなにはともあれ、特に問題はないだろう。俺的にも紅月さんが来なくなるというのは寂しいし嫌だ。
「ともかく、紅月さんが来るのが嫌というのでなければ、俺は来てほしいです」
「嫌ではありません。嫌ではありませんが……私は、皆さんと行人さんの事を見ていて、我慢できる自信がありません」
「我慢……? あぁもしかして、イチャつく俺達を見ていられないと? 流石に自重しますよ」
「いえ、そういう意味では……」
「というか、俺達ってそういう感じじゃないんですよね。四人っていうせいなのか、所構わずベタベタしたりはしないんで」
「あなたは、どうして私に対しては鈍感なのでしょうか……」
「……? よく分からないですけど、我慢しなくていいですよ。そういう時はハッキリ言ってください」
「はぁ……分かりました、我慢しなくていいのですね?」
なぜか少しムスッとしてしまった紅月さんは、話を切り上げてキッチンへと行ってしまった。
いつものルーティーン通り、食後の飲み物を用意してくれるのだろう。俺はその間に彼女たちのグループチャットに返信を行っていく。
紅月さんは戻ってくる頃には機嫌が直っているだろうか? 今日は泊っていくはずだから機嫌が直らないのは困るが、なぜムスッたのか分からない。
行人< なんか紅月さんがムスッた。
玲香< なにそれ、どういう事? 怒らせたの?
華絵< きっと行人くんがだらしないからだよぉ。
愛莉< 早く謝った方がいいですよ!
睦姫< あの人、怒ると恐そうよね。
――――ドンッ――――
行人< やっぱ怒ってるかも。湯呑と一升瓶を音立ててテーブルに置いてきた。
華絵< 湯呑は分かるけど……一升瓶てなに?
玲香< 早く謝りなさいよ! 怒った朱音さんは恐いわよ?
睦姫< 相当ね。掃除とか洗濯をサボったのかしら?
愛莉< なんの一升瓶ですか~?
――――ゴクゴクゴク……――――
行人< なんか、めっちゃ飲み始めた……
彼女s< ???
行人< 剛……剛なんとかってラベルに書いてるな。
彼女s< ???
行人< ちょっと待ってて。なんか雰囲気がおかしい。
「……紅月さん? なに飲んでるんですか……?」
「別になんでもないれす」
「……はい? えっと……剛殺し……? え、酒……? 紅月さん、酒飲んでんですか? 珍しい……」
「お爺様が作らせた、剛の者でも簡単に倒せるらしいです」
「爺ちゃんって、剛斗爺ちゃん? あの人こんな事もやってたのか……」
「味はともかく、これはいけそうれすね……」
どこに行けそうだというのだろう? というかそもそも、なぜこのタイミングで酒を飲み始めたのだろう?
そりゃ紅月さんは大人だし、酒を飲む事もあるだろうけど。俺の目の前で酒を飲むのは初めて見たぞ。
というか少し呂律が回っていない。大丈夫だろうか? 酒の飲み方は知らないが、あんなに一気飲みをしてもいいものなのか?
「そんな飲み方をして大丈夫なんですか?」
「大丈夫」
「とてもそうは見えないんですけど……」
「大丈夫だから。行人さんはお布団を整えて待っててぇ」
いや大丈夫じゃない、なんだ待っててぇって? そんな可愛らしい話し方をする紅月さんは初めてだぞ。
なにか仕事のストレスでも溜まっているのだろうか? それとも俺の世話焼きに対するストレスだろうか?
飲んだ後の事まで考えるのは紅月さんらしいが、倒れる気満々なのはらしくない。
行人< ちょっと布団敷いてくる。
華絵< は?
玲香< なによそれ!?
愛莉< 説明してください!
睦姫< 何をする気?
行人< いや紅月さんが酒飲み始めたから、いつ寝てしまってもいいように。
チャットを送った後、俺は紅月さんが寝るために布団を敷きに寝室へとやって来た。
やって来たのはいいのだが、布団はちゃんと整えられてある。そもそもベッドなので大した準備もないのだが、普通に整えられていた。
「……なんだよ、ちゃんとしてるじゃないか。紅月さん、自分がやった事も忘れ――――」
「――――えいっ」
「おわっ!?」
「んふふ……」
何が起こった? 急に背中を押され、堪え切れなかった俺はベッドにダイブしてしまう。慌てて押された方へと向き直るが、誰かが覆い被さってきた。
まさか泥棒でも入って来たのかと身構えたが、直後に漂ってきたいつもの優しい香りが、誰なのかを教えてくれた。
「こ、紅月さん……? どうしました? もう寝るんですか?」
「えへへ~」
目がトロンとしている紅月さん。胸元もいつもより開けており、こんな無防備で可愛らしい紅月さんは初めて見る。
しかし直後に漂ってきたのは強烈な酒臭だった。匂いだけで頭がクラクラしそうになり、判断力の低下を自分で感じる。
「ね、寝るなら着替えないと……俺、出ますから」
「……ここまでしてるのに気が付かないのですか?」
「いや、酔ってますよね? こんなの、らしくないですよ?」
「だってこうでもしないと私は……我慢しなくていいって……言ったじゃないですか……」
ほとんど聞こえないほどの声量で紅月さんが何かを言うと、その声が発せられた口が少しずつ近づいてきた。
真っ赤な顔、潤んだ唇、蕩けた目。俺は咽返るような酒の匂いのせいなのか、これが夢なのか現実なのか曖昧になる。
俺は彼女の唇から目が離せない、彼女は俺の目を見たまま止まらない。
静かに彼女が目を閉じた瞬間に、唇に感じる柔らかい感触。それはほんの一瞬で、本当に触れたのか分からないほどであった。
「ごめん……さい……でも……我慢……いいって……言ったじゃん…………す~す~」
「こ、紅月さん? えっと……って、寝たのか?」
紅月さんはそのまま、俺の胸の上で寝息を立て始めてしまった。彼女から感じる僅かな重みが、これは夢ではなく現実だと知らせてくる。
とりあえず、このままではいけないと彼女を胸の上から退かし、態勢を整えた後で布団を掛けてやる。俺は起こさないようにと静かに部屋を出た。
「はぁ……」
紅月さん、あんならしくない事をするなんて、かなりストレスが溜まっていたんだな……なんて思えるほど、俺は鈍感じゃない。
正直な所、紅月さんが俺に好意を持ってくれている事に気が付いたのは最近だ。それこそ、彼女が出来てから。
そしてさっきのあの行動。いくら酒に酔ったからって、紅月さんはあんな事をする人ではない。
だけどずっと、気が付かない振りをしていた。それは彼女が、我慢というか隠そうとしていたからだ。
でもこうなった以上、彼女があそこまで頑張って行動してくれた以上、勘違いや鈍感な振りをするわけにはいかない。
彼女から向けられる好意に、何かしら答えないとダメだろう。
「しかし、ファーストキスが彼女以外になるとは……まぁ紅月さんなら、何の文句もないのだけど……ってそうだ、彼女だ」
急いで放置していたスマホを広い、チャット画面を見てみる。ババっと流し読みをしてみるが、何か勘違いをしているようだ。
いや勘違いでは……ないのかもしれないが、ともかく返信しないと。
華絵< 誰か行ける人いないの!?
愛莉< 流石にこの時間に一人で外出は親が……。
睦姫< 私も、親が許してくれないわ。
玲香< あたし行ってくる。うちの親は行人信者だから大丈夫。
華絵< お願い玲香ちゃん!早くしないと行人くんが食べられちゃう!
愛莉< お願いします!あの人には勝てる気がしません!
睦姫< 既成事実を作られたら負けね。あの人は強すぎるわ。
玲香< いくら朱音さんでもダメ。親の許可出たから、行ってくる。
行人< 来なくていい。
愛莉< 来なくていいとか……まさか真っ最中……?
睦姫< 玲香、すぐ行って。
華絵< 邪魔してきて。
行人< 違う違う!紅月さんはもう寝たから!ほら写真送るし!
本気で玲香が来そうな勢いだったので、慌てて寝ている姿の紅月さんの写真を送信した。
寝顔を公開してしまった事は明日にでも謝るとして、まずはみんなを鎮めて玲香の行動を止めないといけない。
行人< 玲香、本当に今の時間は危ないから来るな。どうしても来るって言うなら迎えいに行く。
玲香< 本当に何もなかったんでしょうね?
行人< うん。
華絵< 玲香ちゃん、すぐ行って。行人くんはチャットで「うん」とか送ったことない。おかしい。
行人< 怖いなおい、今までの覚えているのかよ。でも本当に何もない、ビデオチャットしてもいい。
愛莉< 紅月さん、お酒飲んだのですか?
行人< あぁ、酔って寝ちまった。ストレスでも溜まってたんじゃないかな。
睦姫< 珍しいわね。あの人がそんな事するなんて想像できないわ。
行人< 俺もビックリしたよ。まぁこういう日もあるだろう。
なんとかチャットは鎮まりを見せ、俺は一息ついた。
今回は時間が遅い事もあって彼女たちの行動を止めるために、何もなかったと嘘を吐いたが、彼女たちにはちゃんと伝えないといけないな。
その前に紅月さんの気持ちをしっかり確認して、俺の気持ちも伝えなきゃならない。
彼女が出来て早々だが、また変化が起こるかもしれない。この夏休み、一体どうなってしまうのだろうな。
お読みいただき、ありがとうございます
少しの間は天道→地道と一話ごとに視点が切り替わっていく予定です、あくまでも予定です




