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第8話 パワフルな母とドキドキな姉

→【生徒会室に行く】

 【玲香に謝りに行く】

 【部活に行く】







「社長はこちらにいらっしゃいます」


 紅月さんに案内された場所は、社長室ではなく応接室であった。


 研究棟に足を運ぶ事は何度もあったが、役員しかいないフロアに足を踏み入れたのは初めてだ。


「ふぅ~……」

「緊張されているのですか?」


「緊張というか、覚悟ですかね」

「なるほど――――では覚悟は宜しいですか?」


 紅月さんの言葉に頷き、俺は扉に手を掛けた。そしてゆっくりと室内に足を踏み入れた――――その瞬間。



「いくとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「うぶっ!?」


 何かが俺の名を叫びながら突っ込んできた。なんて言ってはみるが、こんな事をする人は俺が知る限り一人しかいない。


 うちの母は、いそうでいない息子に突っ込む系の母親。普通の母親は突っ込まないと知った時は衝撃的だった。



「母さん、相変わらずパワフルだね」

「まぁ! まぁまぁ! まぁまぁまぁ…………誰?」


 俺に抱き着きつつ顔を覗き込むパワフルな人は、俺の母親である地道千里(じみちせんり)


 アースロード製薬の最高責任者である母は、忙しいはずなのに疲れた様子を感じさせずとても若々しい。


 もう四十になるというのに、沢山の若い男性からアプローチをされていると紅月さんに聞いた事もあった。



「もう息子の顔を忘れたの?」


「冗談よぉ~。匂いが行人だったから、すぐに分かったわ!」

「犬か」


「くんくん……香水の奥にある僅かな行人の匂い……間違いないわ!」

「だから犬か」


 首元に鼻を近づけて来たと思うと、そのまま深呼吸をし出した母。こんな事、他の男にしてないだろうなと心配になる。


 しかし俺ってそんな特徴的な匂いをしているのだろうか? というか、香水の奥にある匂いって、犬でも嗅ぎ分ける事は難しいんじゃないか?



「随分と髪を切ったのね~」

「まぁね。結構変わったでしょ」


「ん~そうかしら? 髪が長かった時もカッコよかったわよ? 尚登さんに似て」

「それは贔屓目だろ」


 顔の造形だけ良くてもダメなのだ。髪や眉、肌の状態や毛の処理など、色々と合わさった状態でカッコいいと言うのだと俺は思う。


 素材が良いとは言うのかもしれないけど、カッコいいとは違う。色々なタイプのカッコいいがあるとは思うが、少なくとも俺は、カッコいいは作る物だと思う。


 まあ前提として、素材が良くなければダメなのであれば……そこは父さん母さんに感謝だな。


 あ、ちなみに父の名前は地道尚登(じみちなおと)。まぁ覚えなくてもいい『いや覚えて』



「ねぇ朱音? 昔からカッコよかったわよね?」

「そうですね。しかしつい最近までの、自分に無頓着な行人さんより今の行人さんの方が、私はいいと思います」


「なによその教科書みたいな答えは? 固いわよ朱音」

「……今のカッコいい行人さんの方が、私は好きです」


「あらあらまぁまぁ! 告白? 私の事をお義母さんって呼んじゃう?」

「……そういう意味で言ったのではありません」


 母と紅月さんの関係は、大体こんな感じ。ふざけたり暴走したりする母を冷静に抑え、コントロールしているのが紅月さんだ。


 母は紅月さんの事を、少しだけ年下の女友達みたいな感じと言っていたが、やり取りだけを見ると年下は母の方だと思う。



「でも行人、どうして急に? 彼女でも出来たの?」

「出来てないよ、作ろうと思って」


「あら! あらあら! あらあらあら! やっとその気になってくれたのね!?」


 母には一人暮らしとなった辺りから、彼女を作って一緒に住めと何度も冗談を言われてきた。


 その度に興味がないと突っぱね、母には文句を言われ、様子を見るために派遣されてくる紅月さんには迷惑を掛けてしまっていた。


 彼女が出来ても一緒に住むつもりはないが……うん、彼女は欲しいな。


「そういう事ならお母さんも力を貸すわ! まずはちょっと練習しましょう!」


 何の練習をすると言うのか。面倒だったので拒否しようと思ったのだが、楽しそうに指示を出し始めた母さんには何も言えなかった。



 ――――

 ――

 ―



 ――――ダァァンッ!!


 壁ドン……いや、少し強くし過ぎたせいで発生した音的には、壁ダンか。


「朱音」

「は、はい……」


 目力を強めて、俺より少しだけ身長の低い紅月さんを上から威圧する。


 って威圧してどうするんだよ!? これじゃ不良が怖がらせて強引に迫っているように見えてしまうではないか。


 上目づかいで俺の目を見る紅月さんは、僅かだが頬が赤く染まっていた。こういう表情の紅月さんを見るのは初めてだ。


「俺とずっと一緒にいろ、俺から離れるな」

「は、はいぃ……」


 僅かどころか真っ赤になってしまった。流石は紅月さん、母の台本通りに素晴らしい演技をしてくれている。



「はいそこでっ! 抱きしめて! ギュって! ムギューって!!」

「い、いや、それはアカンやろ……」


「アカンくない! チュって! ブチューって!!」

「もっとアカンやろ……」


 真横から指示を飛ばす母さんは、どこから持ってきたのかメガホンを手に持っていた。


 というか俺は、何をやらされているのだろう? 彼女を落とす練習とか言っていたが、こんなので女性が落ちるのか?


 いやいやそもそも、俺は何のためにここに呼ばれたんだっけ?



「……少しなら、構いませんよ?」

「え……チュっですか?」

「……ギュっでお願いします」


 紅月さんから許可が出たが、様子を窺うと僅かだが肩が震えていた。


 そこまで無理して母に付き合う必要はない。正直、俺もこんな強引に女性と落とすなんて事はしないと思う。


 そのため俺は壁ドンをやめ紅月さんを解放した。しかし微妙に紅月さんが残念そうな顔に見えたのは気のせいか?



「え~!? やめちゃうの!?」

「もう十分練習になったよ……」


「……ヘタレ」

「なんでだよ!?」


 理不尽な物言いをする母とやり合っている内に、紅月さんは壁から離れて飲み物の準備をし始めた。


 何事もなかったかのように準備をする紅月さん。この人って完璧すぎないだろうか? ミスする事とかってあるのかな?



「ちょ、ちょっと朱音? お砂糖、入れ過ぎじゃない? 山になってるわよ」

「え……? あ……す、すみません」


 紅月さんの珍しい姿を見れた事はラッキーだったが……ほんと俺、何しに来たんだろう?


お読み頂き、ありがとうございます


次回選択

【スーパーに寄る】

【部活に行く】

【まっすぐ家に帰る】

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