第6話 最近のパソコンは風邪を引いてボケる
→【連絡しない】
【連絡する】
「ごめんなさい、人違いだったわ」
凛々しく美しい生徒会長様は、そう言いながら教室の中に入ってきた。
歩くだけの所作にすら品があり目を奪われてしまう。黒髪のストレートヘアーは腰近くまで伸び、つやつやときらめいていた。
最近髪の手入れをし始めたので分かるのだが、あの髪の維持は相当大変だろう。
「……天道君を見なかったかしら?」
俺の他には誰もいない教室を一見した先輩は、僅かに乱れた髪を耳に掛け直しながらそう尋ねてきた。
「俺は一時間前からいますけど、見てませんね」
「……そう」
俺はそう答えると、僅かだが先輩の表情に落胆の色が混じった。その表情のままスマホを取り出すが、一目見ただけですぐスマホはしまってしまった。
というか……スマホじゃなくガラケーだった。珍しいな、今時。
「仕方ないわね。ありがとう、じゃあ私は……あら?」
先輩がガラケーから目を上げて俺に顔を向けた時、ある一点で先輩の目が止まった。
先輩は俺に近づいて来ると、ちょっと見せて……といい、俺から数学の宿題を取り眺め始めた。
「……この計算、あなたがやったのかしら?」
「そ、そうですけど……間違ってます?」
どこか間違っていただろうか? そんなはずはないと思うのだが、テストで学年一位を取り続けている先輩が言うなら間違ったのかもしれない。
「間違いというか……あなた、一時間前からいるって言ったわよね?」
「そうっすね」
「一時間前にこれを解き始めたって事?」
「まあ、大体そのくらいっすかね」
そう言うと先輩は、解答用紙を眺めながら何かを考え始めた様子。
手を顎に付け思考するその姿にも、美しい以外の言葉が見つからない。この人に不細工な瞬間などあるのだろうか?
「あなた、名前は?」
「地道行人ですけど……」
「そう。地道君、この後って時間あるかしら?」
「時間ですか? まあ、なくはないですけど……」
俺がそう言った瞬間の先輩のニヤリ顔、あれは忘れられないだろう。
美人な先輩が見せた子供っぽくも可愛らしい笑顔。それにやられてしまった俺は、着いて来いという先輩に逆らえず、黙ってついて行くのだった。
――――
――
―
「――――じゃあ地道君。これ、よろしくお願いするわね」
雪永先輩について行き、辿り着いたのは生徒会室だった。
生徒会室に行く道すがら色々聞くと、どうやら生徒会の仕事を手伝って欲しいとの事。それを天道に頼んでいたらしいのだが、天道は来なかったらしい。
こんな美人の先輩との約束をすっぽかすなんて……ちょっと理解できないぞ、天道君。
そう思う中、先輩から渡されたのは厚さ五センチはあろうかという紙の束だった。
「あの……雪永先輩。これ全部っすか?」
「そう、全部。ごめんね、他のみんなには別の作業をお願いしてるから」
他のみんなとは他の生徒会メンバーの事。隣の部屋には何人かの生徒会の人達がいて、何か作業しているようだった。
少し小さめのこの部屋には、俺と先輩の二人だけ。部外者の俺を隠す為なのか分からないが、先輩の声は小さめだった。
「あの……パソコンは?」
「いま使ってないのはそれだけなのだけど、それ壊れちゃったのよ」
先輩の視線の先には、型の古いノートパソコンがあった。他の壊れていないパソコンは、全て使用中らしい。
「計算ソフトを開くと、エラーが画面一杯に何個も表示されるのよね」
「……ウィルス感染してますね、それ」
「ウィルス感染……? えぇと……風邪とか?」
「あはは。そうですね、お薬が必要ですね」
「パソコン用の薬って、どこで売っているのかしら?」
それは流石にアースロード製薬でも取り扱っていない。最初は冗談で言っていると思ったんだが、先輩の目は冗談を言っていなかった。
「最近のパソコンは病気になるのね……」
「えっと……ボケたんですよね?」
「ボケたというの? ウィルス感染してボケちゃった?」
「いえ……その……」
どうやら先輩は本気でパソコンが風邪でも引いたと思っているっぽい。今時そんな奴いるか? と思わなくもないが、うちのジジイも同じ感じか。
(いやでも先輩はこのSNS全盛期真っただ中の女子高生ですよね!?)
しかし思えば先輩はガラケーを使用していたな。興味がないのか、疎いのかは分からないが。
「地道君ならボケたのを治せるの?」
「(ウチのジジイがボケたら)手が付けらんないっすね……」
「そ、そう……どうしたらいいのかしら……」
「まぁ結構古いパソコンっぽいですし、買い替えがベストじゃないですか?」
パソコンの買い替えくらい何の問題もないだろう。必要経費、それを学園がNGを出すとは思えない。
しかし先輩の表情は優れなかった。思い入れのあるパソコンなのだろうか? それとも大事なデータが沢山あるからとか?
「買い替えとなると……その……」
「データを抜く事はできますよ? ウィルスチェックをしっかりすれば」
「そうではなくて、買い替えの理由が必要で……」
まぁ理由は必要だろうが、正直にウィルスに感染してしまったとか、古くなったからとかでいいのではないだろうか?
他のパソコンが問題なく使用できているのなら、感染はこのパソコンで食い止められたのだと思うし、騒ぎも大きくならないだろう。
「私が変な事をして、ウィルスに感染させちゃったという事よね?」
「このパソコンが先輩専用機なのであれば、恐らく……」
「うう……やっぱりあのページだ……」
なにこの人めっちゃ可愛いんだけど。あれだけ凛としていた先輩が、悪い事をしてしまった子供の様に縮こまって震えている。
先輩の言葉から、どうやらネットサーフィン中に感染させてしまったらしい。
そして入れ替えるとなると、何のページを見ていたのかも言わなきゃいけなくなるから恥ずかしいと。
「……先輩。古いし重くなってきたので入れ替えたい、でいいと思いますよ?」
「お、重い? 手はちゃんと洗ってから作業するようにしてるけど……」
どういう事? と思ったが、手をさする先輩の姿を見て思い付いた。
この人、手垢が付着し過ぎて重くなったと勘違いしているのではないだろうか?
パソコン動作の事だと説明すると、顔を赤くした先輩に怒られた。こんな表情もするのか、この人は。
「じゃ、じゃあそういう理由で申請しとくわ。データ移動は手伝ってもらえるのよね?」
「俺でよければ」
ウィルス感染を隠し、パソコンを入れ替える方向に。学園ではネットワークに接続せず、家に持ち帰った時だけネット接続していたという話なので、隠しても大丈夫だろう。
入っているデータも、生徒のデータは一切ないようだし。第三者が見ても分からないデータしか入っていないのであれば、問題ないな。
「ところで先輩、なんのページを見てたんですか?」
「世界のクマちゃん人形展……あ」
「ふふっ……」
「わ、笑うなっ」
何この先輩、可愛いんだけど。
お読み頂き、ありがとうございます
次回選択
【何も言わない】
【気になるなら行けば?】




