第5話 宿題は学校でするもの
【手伝う】
→【手伝わない】
「もっと背筋を伸ばさんかッ! 行人!!」
「はいッ!」
このクソジジイ。
「踏み込みが甘い! 今まで何をやっとったんだ!!」
「すみませんッ!」
このクソジジイ。
「ぬるいッ! そんな突きでは蚊も殺せんぞ!!」
「このクソジジイ」
「……いまなんとゆった?」
「す、すみません……つい」
日曜日の朝早くから、俺は爺ちゃんが運営する空手道場に足を運んでいた。
土日のどちらかは、余程の理由がない限りは道場に来るようにと爺ちゃんに言われているのだ。
俺の事を孫だと思っていないのか、ビックリするほど厳しい稽古を付けてくれている老人は、父親の父親である地道剛斗。
アースロード製薬の会長兼空手道場師範。なんて元気なジジイなんだと思った事は一度や二度ではない。
「次、正拳突き百本ッ!!」
「え……」
「正拳突き百五十本ッ!!」
「は、はいッ!」
理不尽だと思った事はもちろん何度もある。しかしこの人の言う事に疑問を抱いたり抗議したりするのは自らの首を絞めるだけ。
多少厳しいが道場を出れば普通の爺ちゃんだし、自分から空手を習いたいと門戸を叩いたのだからな。
その後、爺ちゃんが出した課題をこなして小休止。
水を飲みながらスマホを弄っていると、全く疲れた様子などない元気ジジイが声を掛けてきた。
「行人、変わらず合気道もやっているんか?」
「まぁボチボチね。昔ほどじゃないけど」
父さんの影響もあり、俺が最初に選んだ武の道は合気道だった。
合気道を極めたいというよりは、単純に体を鍛えたかっただけではあるが。
「そうか、まぁもうゴチャゴチャ言うつもりはない。だが中途半端は許さんぞ?」
「分かってるよ」
合気道の道に進んだ時、爺ちゃんはいい顔をしなかった。自分が運営する空手道場の方に俺を引っ張ろうと、一悶着あったものだ。
父さんは空手には一切興味を示さなかったらしいから、孫の俺を空手の道に進めたかった爺ちゃんの気持ちは分からなくもない。
「そうだ行人、婆さんが会いたがっとったぞ」
「ばぁちゃん……そういやしばらく会ってないな」
「電話変更に付き合って欲しいそうだ、よう分からんが」
「……ああ、スマホの機種変ね」
母さん側の爺ちゃん婆ちゃんは、遠方に住んでいるため中々会う事が出来ないでいるが、剛斗爺ちゃんは近くに住んでいるため頻繁に足を運んでいた。
最近は少しご無沙汰だったが、メッセージのやり取りは頻繁に行っている。
「この前電話した時は、そんな事は言ってなかったけどな」
大方、理由を付けて俺に会いたいとかそんな感じだろう。もちろん嫌ではない、俺は婆ちゃんも爺ちゃんも大好きだし。
「……お前ら、そんな頻繁に電話しとるんか?」
「まぁ、メッセージがほとんどだけどね」
「メッセージ……よう分からんが、儂も電話を買えば行人と毎日話せるんか?」
「そりゃ、そのための携帯電話でしょうよ」
なにやら考え込む爺ちゃんから視線を外し、再びスマホに視線を落とした。
そこには一通のメッセージが。婆ちゃんからではなく、陸からのようだ。
「ふむ……よし行人! そろそろ稽古を再開するぞ!」
「ごめん爺ちゃん、ちょっと用事ができた」
「むっ……婆さんじゃないだろうな?」
「なんで婆ちゃん? 違うよ、友達」
「ならいい。友は大事にせねばならんしな」
なにがいいのかよく分からないが、ともかく急がなくてはならなくなったので稽古はここまでだ。
俺は身支度を行った後、爺ちゃんに挨拶をして道場を出た。
――――
――
―
「――――あったあった」
道場で目にした陸からのメッセージには、恐ろしい事が書かれていた。
陸< 月曜の朝さ、宿題見せてくんない?
宿題? なんの事だと頭を回して、すぐに思い出した。
月曜日に提出しなければならない宿題があった事、それを机の中に置きっぱなしにしてしまっていた事。
一昨日、陸がしていた探し物とはこの宿題の事だったのだ。
「あの時教えてくれればよかったのに……」
なんて友を恨んでも仕方ない。忘れていた自分が悪いのだと、溜め息を付きながら用紙を机から取り出した。
大した量ではないが、月曜の朝から取り掛かっても時間内に終わらせる事が出来るのかどうかは微妙である。
「……ここでやってっちまうか」
なぜそう思ったのかは分からないが、そうした方が良い気がした。
ここがいくら学びの園とはいえ、参考書の類は全て自宅にある。効率を考えれば自宅に戻ってから取り掛かった方が良かったはずだった。
まぁ宿題は数学、計算問題なため参考書などなくとも問題はない。それに自慢じゃないが俺は頭がいい、自慢じゃないが。
一時間くらいか……と時間を計算しつつ、宿題に取り掛かった。
日曜日の誰もいない静かな教室で、宿題を始めてから一時間弱。
初めは効率悪いと思ったものだが、違った意味で効率が良かったようだ。
これほど集中できるとは予想外。勉強するための机や椅子、雰囲気がそうさせるのだろうか? 予想より早めに宿題を終わらせる事ができた。
「帰るか……」
宿題が終わってしまえばここに用はない。軽く回答の見直しを行い、忘れる事がないようにと答案用紙を机に戻そうとした時だった。
「――――あら、ちゃんといるじゃない」
開けっ放しにしていた教室の扉、そこから聞こえてきた綺麗な声。
多少驚きながらも目をやると、一人の女子生徒が制服姿でこちらを見ていた。
「遅れてごめんなさい。じゃあ悪いけど早速……ってあなた、誰?」
「えっと……こんにちは、雪永先輩」
俺を誰かと勘違いした様子の先輩は、嬉しそうな顔を一転させ怪訝な表情へ。
そのような表情でも美しいとしかいいようのない容姿をした先輩は、俺の事を知らないようだ。
だが逆に、俺は先輩の事を知っている。というか、この学園に先輩の事を知らない人がいるのだろうかというほどの有名人だ。
美し過ぎる生徒会長、雪永睦姫。
そんな美人生徒会長と俺は、この日初めて言葉を交わした。
お読み頂き、ありがとうございます
次回選択肢
【連絡しない】
【連絡する】
宜しければブクマや評価、感想などもお待ちしております




