第5.5話 安心して下さい、ポンコツです
【合流する】
→【合流しない】
ポンコツ家出少女晴山華絵は、なんと家事完璧な女子力が高い子だった。
今目の前にも、短時間で作ったとは思えないほどの出来栄えをしている、見た目は素晴らしい料理がテーブルに並べられていた。
だけどたまにギャグアニメとかにあるよな。見た目は完璧なのに、味が酷いやつ。
晴山の事だ。塩と砂糖、醤油とポン酢を間違ったりしているかもしれない。
「頂きます……」
「う、うん。なんか緊張するな~」
緊張した様子の晴山の向かい側に座り、俺はハンバーグであろう物体を口に放り込んだ。
その瞬間、俺の脳は混乱する。おかしいぞ、なんだこれ……マジかよと。
ゆっくりと味を噛み締め、飲み込んだ。そして俺は、ジッと俺の様子を見ていた晴山と目を合わせて感想を口にする。
「……晴山」
「も、もしかして美味しくなかった……?」
「結婚してくれ」
「は、はい!? な、なに急に!?」
なんだこの美味さは!? なんなのだこの家事万能美少女は!?
晴山には悪いが、期待値を下げてしまっていた。そのせいもあるのだろうが、あの……紅月さんの料理より美味しいと俺は感じてしまっていた。
家事は完璧で料理も素晴らしい、可愛らしい顔になによりそのボディッ! なんの不満があろうか!?
ここまで来ると、逆に頭の悪さは魅力となる。全てが完璧だと引け目を感じるので、そこだけでも残念でいてくれてありがとう。
「う、美味すぎる……あり得ねぇ……あのポンコツがムシャムシャ……ありがとうポンコツムシャムシャ」
「食べながら喋っちゃダメだよ~……てかポンコツ言うなっ!」
晴山に対する印象がガラッと変わってしまった。もうポンコツなんて言えない、家事だけ見ればポンコツは俺の方だ。
俺はそのまま、ニコニコする晴山を横目に一心不乱に晴山の手料理を平らげた。
「――――美味しゅうございました」
両手を合わせ、食材と作り手に感謝を。
あっという間に完食。おかわりをしたのも久しぶりな気がする。
ちょっと食べすぎたかもしれない。お腹が幸せの悲鳴と同時に食べ過ぎだと苦情を言ってきていた。
「も~、食べてすぐ横になるのはダメだよ?」
「美味すぎた……幸せすぎた……食べすぎた」
もう句を詠んでしまうよ。幸福感や満足感で上手い事は言えないが、とにかく美味しかった。
これを定期的に食べられる者は幸せだろう。いいなぁ~、幼馴染の彼は食ってるんだろうなぁ。
「そ、そんなに? そこまで言われたのは初めてだよ」
「そうなのか? 天道とかに言われないの?」
「進くんは……う~ん……」
なんで微妙な顔をするのだろう? もしかして天道には作ってあげた事はないのか?
しかしこの料理の腕ならば、普段から作っているのは間違いないだろう。それなら両親とか、友達とかに振舞う機会だってあったはずだ。
このレベルで不味いはあり得ない。不味いなんて言う者がいたら、そいつの味覚を疑ってしまう。
まぁ、誰も言ってあげてないのなら、俺が大げさなくらい褒めておこう。
「本当に美味いよ、ビックリした。プロレベルだと思う」
「そ、そんな事ないよ~」
「いや本当に。毎日でも食べたい」
「……毎日でも……か。ありがとう、地道くん」
そういう晴山は、どこか寂しそうに笑顔を作った。なにか言葉をミスっただろうか? そんな顔をさせるつもりじゃなかったのだが。
晴山の表情はすぐさま元に戻ったが、先ほどの表情が凄く気になった。
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夕食後、のんびりテレビなどを見ながら過ごしたが、まだまだ寝る時間には早い。
俺は飲み物を準備した後、寝間着に着替えて寛いでいた晴山に声を掛けた。
俺の言葉にムッツリポンコツな勘違いをする晴山を見て、いつも通りで安心してしまった自分がいた。
「教科書を開け。夏休み前にある追試に向けて勉強だ」
「あ……あぁ、開けってそういう……」
「他にどこを……いや何を開くつもりだったんだ?」
「いや、別に……」
心でも開くつもりだったのか? なんて思うほど俺はピュアでもないしガキでもないぞ。
なんか押しに弱そうだし、あのまま放っておいたらどうなっていたんだか。ほんと保護できてよかったよ。
「……ムッツリスケベ」
「な、なんの事だか分からないなぁ~」
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「――――いやっ! だめっ! もう……むりっ!」
「無理じゃない、頑張れ」
「む、むりぃ……もぅ……だめぇ……」
「変な声だすな。あと一問だ、頑張れ」
勉強を始めて数時間。前回のテスト問題を中心に教えていたのだが、流石にそろそろ限界のようだ。
追試まではまだ時間はあるし、今日の所はこれで終わりにするか。
「よし、ここまでにするか」
「やっと終わったぁ……」
あぁ、いい。やっぱり晴山はこうじゃなきゃ。そのグデ~っと机に突っ伏している感じ、それが晴山華絵だよ。
確かに晴山の家事スキルは素晴らしい、完璧とも思われるほどだ。素晴らしいのだが、少し思う所もあった。
晴山は一人暮らしではないはず。ならどのようにしてあの家事スキルを身に付けたのか。
答えは簡単、数をこなしたのだ。だが実家暮らしの高校生、やらざるを得ない環境下ではないはずだ。
「もうむり~……」
「飲み物持って来る」
「ありがと~」
俺は勉学や運動に時間を費やしたせいで、家事を疎かにせざるを得なかった。
晴山は逆に、勉学を疎かにして家事の方に注力したという事なのだろうか? でもさっきの表情……好きでやっている訳ではなかったりするか?
そう考えた時に頭に浮かんだのは、なんとも古臭い考えだが、花嫁修業かと思った。
「まぁ確かに、嫁に欲しくなる」
「ん~? なにか言った~?」
「いや、なんでも」
詮索はここまでにしよう。俺に色々あったように、晴山にも色々とあるのだろう。
親になにかあったのかもしれないし、そうせざるを得なかった状況だったのかもしれない。
「晴山、飲んだら風呂入って来いよ」
「は~い」
この後もまぁ色々とあったのだが、長い回想になりそうなので割愛しよう。
風呂上がりがエロかったとか、スッピンがマジ可愛かったとか、寝る前のちょっとした会話とか色々あったのだ。
色々あったのだが、色々あったせいで疲れた。布団に入ったら、すぐに寝てしまった。
そして次の日の朝、制服エプロンの晴山にビンタで起こされた……という事だ。
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制服に着替えて登校準備が整った。
俺はリビングに行き、これからどうするかを晴山に問いかけた。
「晴山、一緒に行くか? それとも別々がいいか?」
同じマンションから一緒に出て、一緒に登校する所を見られでもすれば在らぬ噂が立ってしまう可能性もあるだろう。
俺は構わないが、晴山が嫌というのであればそれに従うつもりだった。
「えっと……ごめん。先に行ってもいいかな?」
「構わないぞ。道は分かるか?」
「うん、大丈夫」
そう言って立ち上がった晴山を見送るため玄関まで来た。
時間的にはまだ随分と早いが、寄る所があるとかで晴山は先に出る事になった。
「じゃあ地道くん。本当にありがとう」
「ああ。また捨てられた子犬みたいな晴山を見つけたら、拾ってやるよ」
「あはは、その時はお願いね」
何度もお礼を言った後、晴山は出て行った。
しかし、凄かったな。本当にもうポンコツなんて呼べない。これからは敬意を払って晴山さんと呼ばせてもらおうかな。
―――ガチャッっと、扉が開いた音がした。
振り向くとそこには、ぎこちない笑顔を浮かべて頬を掻いている晴山がいた。
「か、鞄忘れちゃった。あとやっぱり道に迷いそうだから一緒に行こ?」
「……やっぱ晴山はそうじゃなきゃな。安心した、ポンコツだ」
「ポ、ポンコツ言うなぁぁ!!」
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