第5.0話 それは晴山華絵のような誰かだった
→【約束を守る】
【約束を破る】
知らない人について行かないうちに晴山を持ち帰る事に成功した俺は、近くのスーパーにやってきていた。
適当に外食でもいいと思ったのだが、今は少しだけ懐が寒い。晴山には申し訳ないが、半額シールの貼られた弁当で我慢してもらおうと思っていた。
「……まだ貼られてないな」
何という事でしょう。時間的に早かったようで、半額シールは一切貼られていなかった。
しかし待つなんて事はできない。仕方なしに、俺達は相応の値段表示されている弁当を選び始めた。
「ねぇ地道くん。お弁当にするの?」
「あ~外食にする? 半額じゃないし、それでもいいな」
「えっと、良ければわたし作るけど」
「…………」
あまりにもおかしな事を言うので面食らってしまった。わたしが作るとは、夕飯を晴山が作ると言ったのか?
前衛芸術が創られたり、暗黒物質が精製されたり、キッチンが滅茶苦茶になる未来しか想像できないのだが。
「わたし料理得意なんだよ?」
「くはは、嘘を申すな嘘を……さて、ハンバーグ弁当にしようか」
「う、嘘じゃないもん! 一生懸命覚えたんだから! ハンバーグならわたしが作るよ!」
なぜそんな自信満々な表情をするのか、本当なのかと思ってしまうじゃないか。
申し訳ないが、あの晴山が料理が得意なんて信じられない。
きっと晴山は、肉を捏ねくり回せばハンバーグになると思っているに違いない。
「……じゃあおにぎりにする? 美少女のおにぎりは大好物なんだ」
「信じてないでしょ!? いいよ、わたしが作るっ! 美味しいって言わせるんだから!」
籠に入れていた弁当を戻した晴山は、俺の手を引くと食材を選び出した。
肉などを手に取り、何かをチェックするような鋭い視線をする晴山。見た目だけは凄腕の主婦に見えてきた。
「地道くん、調味料はある?」
「調味料は一通り揃ってるけど……」
俺はほとんど料理をしないが、紅月さんがたまに作ってくれるためそういうのは完璧に常備してあった。
「じゃあ最後にお野菜を見に行こ」
「いいけど……いつまで手を繋いでるつもりだ? 俺は構わないが」
「へ……あ、あわわわわっ」
無意識だったのか、しばらく繋がれていた手。周りの微笑ましいものを見るような目にも気が付いていなかったようだ。
その手は慌てた晴山によって離された。真っ赤になった晴山は、何事もなかったかのように野菜を選び始める。
「い、いま野菜って高いんだよね~」
「…………」
「あ、あ~アスパラやす~い……」
「…………」
なかった事にしたいようだ。
しかし色々とへたくそ過ぎる。指摘して下さいと言っているようなものだ。
「……真っ赤だぞ、晴山」
「あ、赤くなんてないし、元々こういう顔色だし……アボカドもやすーい」
「それライムだぞ」
「う、うるさいなぁ」
よほど恥ずかしかったのか、しばらくテンパっていた晴山を可愛いなと思いつつ、買い物を済ませた。
自宅に向かう道すがらの晴山の表情は明るく、駅で見せたくらい影などは全く感じなくなっていた。
――――
――
―
晴山を連れて自宅マンションに戻ってきた。
「えっ!? こ、ここ? 地道くんの家」
「そうだよ」
実は友達を自宅に連れて来たのは初めてだ。少しは驚かれるだろうと予想はしていたが、口を開けて呆けられるとは思わなかった。
エントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。隣を見ると、気圧の変化に不慣れなのか耳を気にしている晴山の可愛らしい姿があった。
「どうぞ~」
「お、お邪魔します……」
緊張した面持ちで晴山は地道家の門を潜った。
晴山ほどではないが、俺も初めて同世代の友人を招き入れたため若干の緊張感があった。
「す、すご……広い……」
「基本的に俺しかいないし、寛いでいいからな」
リビングの中央にポテンと座る、借りてきた猫状態の晴山。
少し休んだ後、俺は晴山に部屋を案内した。
「ここ客間だから、自由に使っていいよ」
「ひ、広すぎて落ち着かない……」
「じゃあ俺の部屋で一緒に寝る?」
「そ、それはっ……ここでいいです」
着替えるという晴山を残し、俺も部屋に戻って部屋着に着替える。
その後は父に報告だ。
「父さん。可愛い女の子を家に連れ込みました」
『よくやった我が息子よ』
きっとそんな事を、あの父なら言うであろう。
報告した後でリビングに戻る。するとそこには、洗濯が終わって畳まれ待ち状態の洗濯物を畳んでいる晴山の姿があった。
「晴山、そんな事しなくていいぞ?」
「と、泊めてもらうんだし、これくらいさせて……」
中にはパンツとかもあるのだが、恥じらう様子も気にした様子もなく次々に畳んでいく晴山。
それを見て違和感を覚えた。しかし別におかしな所など何もない、晴山はただ洗濯物を畳んでいるだけだ。
なんか逆に悪いな。そこそこな量があるため、結構時間が掛かるだろう。
そのため手伝おうと、晴山に近づいた時だった。
「終わったよ。他になにかあるかな?」
「は……? 終わったって、そんな時間……」
終わっていた。しかも適当に畳んだのではなく、全てが綺麗に畳まれている事が分かった。
そうか、違和感はこれだ。
晴山の洗濯物を畳む姿を見た時に感じた違和感。ポンコツな晴山にしては、テキパキ過ぎたのだ。
「あ、次は掃除するね? 入っちゃダメな部屋とかあるかな?」
「あ……あぁ、そうだな……母さんと姉さん以外の部屋なら自由に……」
軽く説明すると、これまたテキパキと掃除を始めた晴山。
お客様に何をさせているんだ俺は……と思う暇もなく、あっという間に掃除を終わらせてしまった。
各部屋に風呂やトイレ掃除、玄関掃除など。流石に少し時間は掛かったが、俺がやったら倍は掛かっただろうし汚かっただろう。
「じゃあ夕飯の準備を始めるね? 器具とか調味料の場所、教えてもらってもいい?」
「あ、ああ」
場所を教えた後、手伝おうと動いたら晴山に止められた。
仕方なしに俺はリビングに戻り、チラチラとキッチンを気にしながらもテレビを見て時間を潰した。
「~~~~♪」
時折聞こえてくる鼻歌は、料理が上手く言っている事の証だろうか?
器具を落として悲鳴を上げたり、火を上げて慌てふためく声が聞こえてくるなど一切なかった。
トントントンと心地よい音と、徐々にいい匂いが漂ってきたことで期待感が膨れ上がる。
「もう少しだよ~」
「あ、はい。楽しみです」
誰だアイツは? もしかして俺は、晴山華絵のような誰かを間違って連れてきてしまったのだろうか?
そんなホラー的な事まで頭を過るほど、俺の知っている晴山華絵とは別人だった。
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