第4話 訳ありな家出少女をお持ち帰り
【教える】
→【面倒だ】
「あ、あの~……お、起きてよぉ」
微睡みの中、なんとも気の抜けた声が聞こえてきた。
本気で起こす気などなさそうな声は、どこかで聞いた記憶のある優しい声色だった。
「そ、そろそろ起きないと、朝ごはん食べる時間なくなるよ?」
朝ごはんは魅力的だが、それだけでは弱い。
食欲より睡眠欲。特に朝の欲は中々に強く、何としてでも惰眠を貪れと悪魔が囁く。
「お、起きてってば……」
ゆさゆさと体が揺さぶられる。しかしその揺れが何とも心地よい。
かかとでも落とされようものなら即座に目が覚めるだろうが、彼女はそんな事はしないだろう。
君に俺を起こす事は出来ない。悪いがもう少し寝かせてもらおう。
「もう……起きてってばぁ!」
――――バチンッ。
「ふぐっ!? えっ……?」
鋭い痛みが頬に走り、覚醒の指令が即座に脳に届けられた。
あれほどの眠気は完全に消え去り、気分爽快完全覚醒、しかし頬がジンジンと痛い。
こいつ、まさかビンタした? 普通そんな起こし方する? ビックリなんだけど。
「やっと起きた! おはよっ」
「あ、はい。おはようございます」
そこには制服姿にエプロンを着けた、彼女感が凄まじい格好をした晴山華絵の姿があった。
あぁ可愛い……しかしそれは置いておこう。
「……なぁ晴山。俺の事、ビンタした?」
「し、してないよ? それよりご飯出来てるから早く行こうよ」
逃げるように部屋を出ていった晴山に続き、痛む頬を押さえながら俺も部屋を出た。
まさかあの晴山がビンタをしてくるとは、それも中々に強烈な。
昨日から晴山には驚かされてばかりだ。ポンコツなんてもう言えないと思わされていた。
「――――ご馳走さま、美味しかったよ」
「ほんと? 良かったぁ――――じゃあわたしは洗い物しておくから、地道くんは準備してきて」
この素晴らしい朝食も、なんと晴山が用意したものだ。
見た目も味も完璧。とてもあの、赤点ばかりで泣きべそをかいていた女の子と同一人物とは思えない。
その後、俺は顔を洗った後で部屋に戻り、学園に行く準備を行っていた。
制服に着替えながら、昨日の事を思い出す。
あの時はまさか、こんな事になるとは思ってもいなかった――――
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日曜日。体育祭の買い出しのため睦姫先輩と時雨と俺の三人は、街に出てきていた。
買い出し自体はなんの問題もなく終わり、俺達はノンビリと昼食を取った。
どっちが俺の隣に座るのだとか、あ~んするとかして欲しいとか、色々とエピソードはあるのだがまたの機会にしよう。
買い出し後、二人に遊びに行こうと誘われたのだが、空手道場に行くつもりだった俺は丁重にお断りを入れた。
それなら道場に着いてくると二人は言う。邪魔はしないという事だったので、仕方なく連れて行った。
二人を見た爺ちゃんが少し暴走するのだが、それもまたの機会にしよう。
ともあれその後、二人を最寄りの駅まで送って行ったのだ。
時間的にはまだ早いが、明日は月曜日なのでその後は何もせずに別れた。
そして、二人を見送り俺も自宅に戻ろうと駅構内を歩いていた時だった。
構内の片隅で、沈んだ表情をする晴山華絵の姿を見たのは。
遊びに行くというには大きすぎる鞄を持ち、途方に暮れている様子の晴山。改札を潜ってはいないので、電車待ちという訳ではなさそうだ。
そんな私服姿の晴山を見て俺は思った。デカイ……ではなく、なぜそんな辛そうな顔をしているのかと。
流石に駅であんな表情をされては放っておけない。俺はゆっくりと近づき、晴山に声を掛けた。
「よぉ晴山、どした?」
「うん……? ああ地道くん。こんにちは」
顔を上げた晴山は、僅かに目に光を戻した。俺を心配させないようにと考えたのか、ぎこちない笑顔も浮かべ始めた。
「どうしたんだよ? 駅でそんな顔されたら、みんな気になるぞ?」
「あ、あはは、そうだよね……」
誰かを待っている雰囲気もないし、ただただ絶望のオーラを振り撒いていた晴山。
誰も足を止める事はなかったが、チラチラと晴山に視線を送っている人がいたのには気づいていた。
中には卑しい目をしながら声掛けを狙っているような者もいて、何を目的に彼女に声を掛けようとしていたのかは想像がつく。
「なんか家出少女みたいだな」
「うっ……」
「え……マジ?」
「家出ではないけど、近いかも……」
冗談だったのだが、まさか本当だったとは。
親と喧嘩でもしたのだろうか? まぁ喧嘩くらいする事はあるだろうが、家出レベルとは。
とにかく、これで絶対に放っておけなくなった。
晴山って人を疑うって事をしなさそうだし、声を掛けられたら良い人~とか言いながらホイホイ着いていきそう。
「なんか、失礼な事を考えてない?」
「いや、ホイホイ行きそうだなって」
首を傾げて分からないと言った表情をしたので、分かりやすいように説明してやった。
すると当たり前だが、プンスカ怒り始める。全く怖くなく、ただ可愛いだけだったが。
「――――それで、どうするんだ?」
「家には帰れないから、どこかで時間を潰して……」
「どこかってどこだよ? 友達の家か?」
「今からじゃ迷惑だもん。だから漫喫とか、カラオケとか……」
そこまでしなきゃないのか? 何があったのかは知らないが、流石にそれは。
しかし家に帰るように諭しても、それは出来ないと頑なな晴山。
どうやら世話になる予定だった所の当てが外れたらしいが、家に帰れないのはなぜだろう?
両親は何を……あまり人様の家庭状況を詮索するのは良くないか。俺だって、あまり詮索してほしくないし。
「危ないだろ。お前は可愛いんだから、少しそういった自覚を持ちなさい」
「……可愛くなんてないもん」
いや可愛いだろ。なんだその拗ねた子供みたいな表情は。なんなら俺がお持ち帰りしたい。
ん……? そうか、俺がお持ち帰りすればいいのか。
「今日俺の家、親いないんだ」
「はぇ?」
「だから来いよ」
「な、なな……なに言ってるのぉぉ!?」
慌てふためく晴山を何とか説得し、家に連れ込む事に成功した。
もちろん全てが善意と同情で、手を出すつもりなど全くない。
まぁそうは言っても、簡単に信じられるものではないだろう。
先日撮った写真を見せ、どうしてもと言うなら姉を呼ぶと言うと何とか承諾してくれた形だ。
「じゃあ行こうぜ? でも先に夕飯の買い出ししないとなぁ」
「……ねぇ、どうしてそこまでしてくれるの?」
「ほっとけないだろ。晴山はポンコツなんだから」
「ポ、ポンコツじゃないもんっ!」
いやポンコツだろ……と思ったのだが、この僅か数時間後、俺は考えを改めさせられる事になる。
まさかあの愛ポンがなぁ。
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―
「じゃあやるぞ、晴山」
「や、ヤる!? そ、そんな!? ダメだよ!」
「いいから、さっさと開け」
「開けっていきなり!? せ、せめて上から……」
「……お前はさっきから何を言ってるんだ? 早く教科書を開け」
「あ……あはははは……そういう事か……」
いや、やっぱりポンコツかもしれない。
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