第3.5話 手首シュシュって可愛くない?
→【髪型】
【化粧】
ファッションショーの後は、美容品などを扱うフロアに足を運ぶ。
もともとこちらがメインであったためか、安曇も先程までよりウキウキしているように思えた。
「ではまず、肌のケアから勉強しましょう」
「はい! 朱音さん!」
「正しい化粧の落とし方、更にその後のケアは非常に重要です」
端から見ると仲の良い姉妹のようだ。
優しい笑顔で話す姉の紅月さんと、目を輝かせてそれを聞く妹の安曇。
「肌の状態が良くなれば化粧のノリも良くなります。面倒臭がらず、キチンと行いましょう」
「はいっ!」
弟の俺は黙って後ろから付いていく事しか出来ない。
二人の手荷物などを預かる事で、僅でも助力している気になってはいるが、俺は正直必要ないな。
「ちなみに行人さん生活能力は低いですが、教えたケアは毎日続けているようですよ」
「それでですか、彼の肌が気持ち悪いのは!」
「以前は産毛が酷いものでした。顔色が悪く見えるほどです」
「そうなんですか!? 気持ち悪いです!」
会話に混ぜようとしているつもりなのか、二人はたまに俺の事を話題にあげる。
そのほとんどが、悪口みたいになっているのが気になるが。
というか安曇は、紅月さんを崇拝でもしているような言動だな。
「いつも使ってる化粧水とかはこれです」
「なるほど。安曇さんはお若いので肌に張りがあります。ですので――――」
その後も紅月さんの指導や、お勧めの美容品などの説明が続く。
予算などとも相談し、何点か購入を決めたようだ。
その足で、次は化粧品のコーナーへ向かった。
「男性も化粧をする事が増えてきたそうですが……行人さんはどうします?」
「せっかくだし、あなたも覚えたら?」
二人はそう言うものの、周りには女性しかおらず少し居心地が悪い。
化粧は奥が深そうだし、下手に踏み込むと大変な事になりそうだ。
「俺はいいかな。ちょっとそこら辺で時間潰してるから」
「そう? なんか悪いわね」
「別にいいよ。じゃあ後でな」
二人の元を離れ、俺は興味のある香水などのコーナーを見て回った。
その後、何度か二人の様子を見に戻るが全く終わる気配がない。
そのためあまり興味がないものなど、様々な物を見て時間を潰す事になった。
――――
――
―
あまりにも終わらないため、俺は一人でコーヒーショップに入り時間を潰していた。
少しは遅くなるだろうと覚悟はしていたが、ここまで時間が掛かるとは予想外である。
しかしあと僅で飲み物もなくなってしまうかというタイミングで、ついに紅月さんから連絡が入った。
紅月さんから連絡が入り、すぐさま俺は二人の元に駆け付けた。
そこにいたのは、いくつかの袋を持っている紅月さんと、珍しくモジモジしている安曇だった。
「お、お待たせ……」
「…………」
「な、なんか言いなさいよ」
「……き、綺麗だ」
いや驚いた、まさかここまで変わるとは。
化粧自体はうっすらと、ナチュラルメイクというのだろうか?
もっとガッツリ、化粧してます! みたいな感じになると思っていたのでビックリだ。
とにかく、可愛い。元々ない語弊力が完全にどこかに行ってしまった。
「さ、さっきみたいに軽く言ってよ……なんか、恥ずかしい」
「いや驚いた。大人っぽくなった感じがするし、綺麗だよ」
「あ、ありがとう……」
「デレた」
「……うるさい、ばか」
おや、さっきみたいに否定されると思ったら、恥ずかしそうに目を逸らして捨て台詞を吐いたぞ。
これは……ちょいデレか? なんだろう、子供が初めて立った時のような感動がある。
子供の成長は記録しなくてはならない。俺は即座にスマホを構えた。
「なにしようっての? 勝手に撮ったら許さないわよ」
「はい安曇、これ」
「な、なによこれ?」
「プレゼント。安曇に似合うと思って買った」
安曇が黙って撮らせてくれるとは思っていない。本当は後で渡そうと思ったのだが、ここで使わせてもらおう。
俺はスマホを片手に、軽くラッピングされた袋を安曇に受け取らせた。
「受け取れないわよ。こんなに良くしてもらって、更にプレゼントなんて……」
「なら写真一枚撮らせて? 綺麗な安曇を壁紙にする」
「……い、一枚だけよっ!? でも壁紙には絶対するな!」
そう言った安曇はプレゼントを受け取ってくれ、そのままの勢いなのか軽くポージングまでしてくれた。
僅かに頬を赤くした安曇をレンズ越しに見つめるが、本当に綺麗だと思う。
「は、早くしてよね。恥ずかしいんだから」
確かに少し注目が集まっていた。流石に恥ずかしいだろうし、俺はすぐさま写真撮影した。
――――カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
「はぁ!? 一枚って言ったわよね!? なんで連写してんのよ!?」
「ごめん、俺スマホの操作苦手なんだ。後で消しておくよ」
とりあえず全部保存しておこう。これを捨てるなんてとんでもない。
その後、紅月さんの事も一枚写真を取り、休憩するためにカフェに移動した。
――――
――
―
「――――あ……可愛い」
カフェに移動し、飲み物を飲みながら安曇は俺のプレゼントを開封していた。
中はなんて事はない、ただの可愛らしいリボン。
安曇のようなお洒落女子ならば、色々と使いこなせるだろうと思い選んだ。
「俺さ、手首シュシュしてる女の子が好きなんだ」
「は、はぁ? なによ急に」
「それを店員さんに伝えたらさ、流行遅れでダサいって言われた」
「いや、まぁ……う~ん……」
可愛いいじゃんあれ、好きなんだけどなぁ。
ダサいと言われてしまえば、買う気なんて一気に失せた。ならなんで売ってるんだと思う。
だから無難だがリボンにした。これでもデザインは時間を掛けて選んだのだ。
「ど、どう?」
「おお、似合ってる。流石は俺だな」
「あたしの素材がいいのよっ」
「それは否定しない」
サイドテールの髪にリボンを結んだ安曇は、そういうと嬉しそうに微笑んだ。
紅月さんも同意してくれ、更に嬉しそうにする安曇。
「じゃあ紅月さんにも、どうぞ」
「私も頂けるのですか? ありがとうございます」
もちろん紅月さんにもプレゼントを用意していた。
仕事とはいえ色々と付き合わせてしまったし、なにより安曇がここまで喜んでくれたのは紅月さんのお陰だ。
「あなた、本当に彼女いないの?」
「いないな、いたこともない」
「ちょっと信じられないんだけど……」
安曇が何を信じられないのかは知らないが、いないのだから仕方がない。
今は二人ほど、ハッキリ好意を伝えてくれた女性はいるが、それまでは本当に何もなかった。
「どうでしょう? 似合いますか?」
「紅月さんなら何でも似合いますね」
「き、綺麗です朱音さん!」
紅月さんにプレゼントしたのはイヤリング。大人な紅月さんには申し訳なるほどの安物だが。
「ありがとうございます。大事にしますね」
「そんな、大事にされるほど高価なものじゃないので……」
「もちろんイヤリングもですが、私は行人さんの気持ちを大事にすると言ったのです」
う~む大人だ。安物しかプレゼント出来なかったという小さな負い目が、一瞬で吹き飛んでしまった。
この言い回しは使える、覚えておこう。
「いいな~。あたしもピアスが良かったかも」
悪戯っ子のような表情で、安曇はそう言った。
さっきからリボンを嬉しそうに触ってるくせに、何を言っているんだか。
「だってそのピアス、かなりのお気に入りだろ?」
「え……な、なんで?」
「それ以外のピアス付けてるの見た事ないし。他の小物は色々と変わるのに」
「……よく見てるわね」
ブランド物や高級品という訳でもなさそうだし、安曇の事を考えれば相当なお気に入りなのだと分かる。
恐らくは――――
「――――これ、大切な人からのプレゼントなの」
「やっぱりか。勝てない勝負はしない質なんだよ」
「でもちょっと……キモいんですけどっ!? どんだけ見てるのよ!?」
安曇はそういうが、どこか嬉しそうにするその様子に嫌悪感は見えなかった。
その後からだろうか? どこか、安曇の俺に対する態度が和らいだ気がするのは。
誰かへのプレゼントは難しいが、安曇と紅月さんが互いのプレゼントを褒め合う様子を見て、プレゼントして良かったと心から思った。
その後、このあと行く所があるという安曇と分かれ、俺達は家路に着いた。
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次回選択肢
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【面倒だ】




