第2話 牛丼よりオーガニック
→【牛丼つゆだくで】
【たまには他の物】
研究棟からの帰り道、時間的に昼食を取って行こうという事になった俺と紅月さんは、店を決めるための話し合いを車内で行っていた。
話し合いとは言っても俺が提案するだけで、紅月さんはどこでもいいとのスタンスを崩さなかった。
「う~ん……じゃあパスタなんてどうでしょう?」
「いいですね」
「……牛丼とかは」
「いいと思います」
「家系ラーメン、マシマシマシ」
「望むところです」
「朱音お姉ちゃんの手作りがいいなぁ」
「っ!? か、構いませんよ」
分からん、年上のお姉さんをどこに連れて行ったらいいのか全く分からん。連れて行く、というのは少し語弊があるが。
無難なのはやはり手頃なイタリアンとかだろうか? 牛丼やラーメンを頬張る紅月さんを見てみたい気もするが、きっとこの人はどんな物でも上品に食すに違いない。
運転しているため顔色を確認する事は出来ないし、困ったものだ。
長く一緒にいるのに彼女の好物を知らない。こんな事なら気に掛けておけばよかったと、車窓から外を眺めている時だった。
どこにでもある有名なチェーン店が目に付いたと思ったら、そこに入って行くクラスメイトの姿が見えた。
あそこには入りたくないな。紅月さんと一緒の所を見られるのは面倒だし。
「あ……紅月さん。あそこにしませんか?」
「分かりました」
チェーン店の少し先に見えた、オシャレっぽい雰囲気を醸し出している店に決め、紅月さんに伝える。
ここならば大人な紅月さんも文句はないだろう。牛丼大盛りつゆだくで、なんて言う紅月さんも見たかったけど、それはまたの機会にしよう。
駐車場に車を止め入店する。外観もオシャレだったが、中もまぁオシャレ。
これはデートに使えるなぁなどと思いつつ、席に着きメニューを開いた。
「ぬ……? え……? なにこれ」
「結構色々とありますね」
「え……ええそうですね! なんでも好きなものを頼んでくれよ!」
「では、遠慮なく」
……高くね? お得なランチセットでも二千円近くするんだけど。すぐ近くのチェーン店ならワンコインでお腹いっぱいになれるのに。
慌てて客層を確認するが、どうみても学生はいない。いるのは綺麗なマダムばかりだ。
「オーガニック……ヘルシープレート(なぜこの量でその値段……)」
「いいですね。行人さんは少し野菜を食べた方がいいですよ?」
「あ、ああでも、今日は素うどんの気分なんですよね」
「それはないようですが……」
安いものはあるが、どれもこれも量が少なく見える。それに自分だけ極端に安いものにしてしまっては、紅月さんだって遠慮してしまうだろう。
理由はどうあれせっかく女性と来ているのだ、遠慮なんてしてほしくない。
「……オーガニックトリプルプレートとコンソメスープにします」
「お肉料理もありますよ? それだけで足りますか?」
「僕、小食なんで。あと野菜不足なんで」
「……そうですか。では、私はお肉を頂きます」
このお店で一番高いものをチョイスした。肉より高い野菜とかあるんだな……まぁトリプルだからだろうけど。
注文する料理を決めたため、ベルを鳴らして店員さんを呼ぶ。
紅月さんはタブレットを取り出し何か操作し始めたため、その間に俺はコッソリ財布の中身を確認した。
「お待たせ致しました。お決まり……ッゲ!?」
「……なんだ? カエルか?」
「だからカエルじゃない! な、なんでアンタがここに!?」
アンタ呼ばわりとは、なんて態度の悪い店員だと思い目を向けた。
そこにいたのは、緑を基調とした可愛らしい制服を着こなす可愛らしい女性だった。
「安曇じゃん。なにしてんのこんな所で」
「アルバイトに決まってるでしょ! 他に何があるのよ!?」
つい出してしまったのであろう大きな声。少し慌てた様子で口を押える安曇は、自分が仕事中な事に気づいたようだ。
「高校生なんて滅多に来ないのに……なんでよりにもよって」
何かブツブツ言っているか、幸い誰の注目も引いていない。再び凛とした佇まいになった安曇は、僅かに頬を染めながらも店員に戻った。
ちなみに紅月さんは、俺達が知り合いだと分かると再びタブレットに視線を落としていた。
「……それで、注文は?」
「君、なんだねその言葉づかいは? 我、お客様であるぞ」
「くっ……ご注文は、お決まりでしょうか……」
「君のスマイル一つ」
「ふ、ふざけんじゃっ……お、お客様? ご注文はっ!?」
ぎこちない笑顔を浮かべた安曇だが、目元がピクピクし始めたので揶揄うのをやめて素直に注文した。
安曇は注文を繰り返した後、早々に去って行った。
「可愛い方ですね。ご友人ですか?」
「学園でも人気な生徒ですよ。友人……と呼べるかどうかは微妙ですけど」
料理が来るまで、安曇の事を紅月さんに話した。
とはいっても、俺も安曇の事を深く知っている訳ではない。お洒落に凄く意識が高いとか、学園外ではサイドテールにしているとか、ダサメガネを掛けているとかその程度。
ああ、そういえば丁度いいかもしれない。もう一度安曇と話せる事があったら聞いてみるかと思っていたら、そのチャンスはすぐにやって来た。
「お待たせ致しました。トリプルプレートとコンソメスープです」
料理を配膳してくれたのが安曇だった。避けられてしまうだろうと予想していたのだが、安曇は頭を仕事に切り替えたようだ。
まず安曇は俺のトリプルプレートを、紅月さんの目の前に置いた。
「安曇、そのプレートは俺のだ」
「は……? え、アンタがこれを食べるの?」
「そうだ。そっちの肉々しい如何にも肉が彼女のだ」
「し、失礼致しました……」
少し驚いた表情の安曇は野菜プレートを俺の方に移動させ、肉料理を紅月さんの前に置きなおした。
なにか言いたげな表情だが、特になにも言わずに安曇は離れようとするので、俺は安曇を引き留める。
「ご注文はお揃いですね? では、ごゆっくり――――」
「――――ねぇ君、可愛いね? バイト何時まで? 終わったら遊びに行かない?」
「……ッチ。ナンパは他所でお願いします」
「ガチの舌打ちじゃん。冗談だよ……それで、何時まで?」
笑顔で舌打ちをするもんだから普通に怖かった。ノリのいい安曇も、流石に仕事中は乗って来ないか。
「なんでアンタに教えなきゃならないのよ」
「この前言っていた化粧品とかの話。この人が俺の姉ちゃんなんだ」
話を振られた事に気づいたのか、紅月さんは安曇に軽く会釈をした。内容なんて全く話してないのに、すぐさま対応してくれるのは流石だ。
紅月さんに会釈された安曇は、少し緊張したような様子で会釈し返した。
「ど、どうも。というか、彼女さんだと思ってた」
「その席は空いてるよ? 座ってみる?」
「座らないわよ、なんであたしが」
「まぁそれは後で……それで、あとどのくらい?」
「二時間弱……かな」
そのくらいなら待てるだろう。今日は抜き打ちチェックの日なので、紅月さんのスケジュールは全て俺に充てられている。
念のため紅月さんに視線を送ったが、問題ないとばかりに頷いてくれた。
「待ってるから」
「で、でも悪いわよ」
「もしかしてなんか予定あった? デートとか」
「そ、そんなのないわよ! 予定はないけど……」
「なら待ってる。どうせ今日は暇だからな」
嫌がっている素振りがなく遠慮しているだけの様子だったので、少し強引に言ってみた。
安曇の話を聞くには紅月さんが必須だ。しかし紅月さんのスケジュールが空いている日というのは、早々あるものではない。
たまの休日に付き合わせるのは悪いし、俺の抜き打ちチェックは立派な仕事らしいので、今日がベストだろう。
「う、うん、分かった。じゃあ悪いけど……また後で。すみません、ありがとうございます」
「お気になさらず。お仕事、頑張って下さい」
軽く微笑む紅月さんに頭を下げた安曇は、仕事に戻っていった。俺達はノンビリ食事をしながら待とうと、食事を開始する。
しかし野菜ばかりで、正直そそられない。腹の足しになるのかも不安である。
まぁこれも健康のためだと、フォークを取った時に気が付いた。
プレートの端に、大きなお肉が乗っていた。慌てて紅月さんのプレートを見ると、肉が半分ほど減っていた。
「私、小食ですので」
見透かされていたのか、敵わないなぁと思いつつ、俺は三つあるプレートの一つを紅月さんに差し出した。
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