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第1話 姉と兄は仲が悪い?

 【諦める】

→【諦めない】


第3章・晴曇編です


【レビュー頂いてしまいました。ありがとうございます!】






「――――そろそろ起きて下さい」


 綺麗で澄んだ声が聞こえてきた。聞き慣れた声色は俺の頭にスッと入って来て、緩やかに覚醒を促す。


 しかし今日は眠い。昨日遅くまで映画を視聴していた影響だろう。


 今日は土曜で休みだし、少しくらい長く寝てもいいではないかと寝返りを打った。



「困りましたね」


 そのまま諦めてくれればと思う。感覚的に、まだそんな遅いというような時間でもなさそうだし。


 そう決めたのだが、なんとも言えない声が耳元で呟かれた。


 脳が痺れるような音は、ずっと聞いていたいと思えるほどに甘美だった。



「行人さん、起きて下さい? 起きないと――――かかと落としを()めますよ?」

「お、起きました! バッチリ目が覚めました!」


「よかったです。さぁ、顔を洗ってきて下さい」


 目を開けて声の主を確認すると、分かっていたが紅月さんだった。


 スーツ姿にエプロンという、何かが掻き立てられるマニアックな格好をしている紅月さん。


 ちなみに紅月さんは、爺ちゃんの道場に通う空手の有段者。俺なんかよりずっと強く、かかと落としなど極められたら本気で洒落にならない。



「もうちょっと、穏やかにというか……優しく起こしてくれませんか?」

「例えばどのような起こされ方をお望みですか? 掌底打ちとか?」


「永遠に眠らすつもりですか? 体を軽く揺さ振るとか、人体に危害を加えない方向でお願いします」

「そうですか。分かりました、検討してみます」


 そう言うと紅月さんはキッチンの方に向かって行った。恐らく朝食の準備でもしてくれるのだろう。


 紅月さんがいるという事は、今日は抜き打ちチェックの日らしい。マズいな、恐らく朝食後にお説教タイムが始まるに違いない。


 しかし、検討すると言ったか? 検討って……検討した結果、かかと落としに決まりましたとか言わないだろうな?



 ――――

 ――

 ―



 朝食後、予想通り始まったお説教タイム。


 分かってはいた事だが、どうやら俺には生活力がないらしい。何度言っても改善されないと、紅月さんに溜め息を付かれた時は流石に心にきた。


 掃除洗濯は苦手、料理も作れない。汚部屋というほど汚れてはいないし、一人暮らし男性の一般的な部屋という感じだが、紅月さん的にはNGらしい。


 時間に余裕がある高校生でこれなのだ、働き始めたらどうなるのか少し怖い。



「身だしなみが良くても、この部屋を見た女性は失望しますよ?」

「はい……」


「せめて掃除と洗濯はこまめにして下さい」

「はい……」


「あと、少しは料理を覚えた方が宜しいかと」

「はい……」


「アイロンがけとゴミ捨てだけは完璧なようですね」

「はい……」


「はぁ……やはり私もここに住んだ方がいいのではないですか?」

「はい……あいや、大丈夫です」


 ちょっとそれはいいかなと思ってしまったが、ここで甘えたら本当にダメになりそうだ。


 しかし毎度毎度、必ず紅月さんはそう聞いて来る。よほど俺の事が心配なのだろうか。



「……では彼女を作って、一緒に住んだらどうですか? 私ではダメなようなので」

「な、なんか怒ってます? というか、母さんみたいな事を言わないで下さいよ」


 表情はほとんど変わらない紅月さんだが、僅かに機嫌悪くなった事に気が付いた。


 それなりに長く一緒にいるのだ、紅月さんの雰囲気が変わったのはすぐに分かる。


 まぁなんで機嫌を悪くしたのかは分からないが。俺のズボラな生活に呆れ果てたのかもしれない。



「それで行人さん。今日のご予定は?」

「あ~今日は、蒼司さんの所に行こうかと……」


 そう言った瞬間、紅月さんは先ほどとは比べ物にならないほどの不機嫌さを醸し出した。


 同じ会社で働く同僚なのに、どういう訳かこの二人の相性は悪い。以前紅月さんに、蒼司さんなんてどうですかと聞いたら、マジギレされた。



「……あの男に何の用があるのでしょうか?」

「いやその、ちょっと相談がありまして……」


「それは、私では乗れない相談ですか?」

「えっと……一応あの人、研究者じゃないですか? そういった方向の相談なので」


 そういうと、紅月さんは渋々了承してくれた。


 朝食後、紅月さんの指導の下で掃除や洗濯などを行った後、アースロード製薬の研究棟に送ってもらった。



 ――――

 ――

 ―



「――――それで、どう思う?」


 紅月さんに送ってもらった俺は、アースロード製薬の研究棟に足を運んでいた。


 その建物の一室にある小さめの会議室内で、俺は研究員の男性と向かい合っていた。



「おかしな事を言っているという自覚はあるのかい?」

「まぁ……あるかな? なんていうかさ、言わずにはいられなくなるというか……」


 この如何にも研究員といった風貌の男性の名前は、碧陽蒼司(あおひそうじ)


 どこまでも優しそうな顔をしているが、昔は随分とヤンチャしたそうな。



「言わずにはいられない……それは正義感とか、そんな感じ?」

「どちらかというと、義務感かな」


 最近の事を蒼司さんに話した。茶化さないで聞いてくれるのはありがたい。


 答えが聞けるとは思っていないが、誰かに聞いてほしかったというのはあった。



「義務感ねぇ」

「役割というかさ、そういう事が急に頭に浮かんだり」


「義務に役割……」

「違和感はあるんだけど俺の本意というか、喋ってる時はおかしいとも何とも思ってない」


 蒼司さんは腕を組み唸る。


 頭のいい蒼司さんには昔から相談に乗ってもらったり、勉強を教えてもらったりしていたので、どうしても期待してしまう。


 この人ならば、答えてくれるのではないかと。



「分かんね~」

「……そう」


 期待は外れた。


 しかしあまり残念に思わなかった。俺は思った以上に期待していなかったのだろう。


 別に生活に支障がある訳じゃないし、最近気付いたのだが天道に関わった時だけだからな。



「まぁでも、そういう話で一番可能性があるとしたら、ストレスじゃないかな」

「ストレスねぇ……」


 ストレスなんてここ最近あっただろうか?


 逆に今年は、学園生活や交友関係を考えると幸せな気がするけど。


 ん……? つまりあれか? 天道と関わると俺はストレスを受けるのか?


 生理的に受け付けないのかな、天道の事が。



「それとも実は俺、神に選ばれし者だったり? 異世界転生する前触れとか」

「う~ん、それならまだ宇宙人から洗脳を受けている方が現実味があるかな」


 宇宙人の時点で現実味などない。まぁそれほど、異世界転生などあり得ないと言いたいのだろう。


 やはりストレスなのだろうか。俺は気付かない内に、ストレスを溜め込んでいたりするのかな。



「そういう話なら、人は誰しも何かしらの役割を与えられて地上に生まれ落ちるらしいよ?」

「哲学っぽいね。でも蒼司さん、哲学とか嫌いでしょ?」


「まぁ、一応これでも科学研究員だからねぇ」


 科学で証明できない事はない、とでも言うつもりだろうか?


 俺もどちらかといえばそのタイプなのだが、科学には出来ない事、証明できない事だって多い。


 万能薬だってその一つ。ほんと、神様みたいな非科学的な存在に救いを求めたくなるほどだ。



「使えない科学研究員ですね」


「……おや? いたんだね、紅月さん」

「研究のし過ぎで目が悪くなったようですね? 可哀想に」


 実はいました紅月朱音さん。


 俺の隣に座り黙って話を聞いていた彼女は、嘲笑うかのように言葉を続ける。



「ネームプレートを変えたらどうですか? 主任研究員(笑)碧陽蒼司と」

「逆に君は笑わないよね。君も変えたら? 鉄仮面秘書室長、紅月朱音って」


「貴方に見せる笑顔がないだけです。行人さんにはデレデレです」

「僕の弟に気持ちの悪い笑みを見せないで欲しいなぁ」


 あぁ始まった。この二人は顔を合わせるといつもこうだ。


 チラッと聞いた話だと、昔に一悶着あったそうな。


 だから紅月さんを連れてきたくなかったのに。断ったのだが付いてくると聞かないものだから、渋々一緒に来たのだけど。



「ほんとムカつく男」

「ほんと可愛くねぇ女」


 とことん相性が悪いのだろうか? 喧嘩するほど仲がいい……という感じでもないしなぁ。


「行人君。こんな女放っておいて、一緒にお昼でもどうだい?」

「行人さんは私と一緒にランチです。さぁ、こんな男なんか放っておいて行きましょう」


「……あの、じゃあ三人で――――」

「「――――お断り」」


 姉と兄には仲良くしてもらいたいのだが、大人の関係に子供が口を出すべきではないか。


 諦めた俺は、蒼司さんにまた来ると言い残し、紅月さんと一緒に研究棟を出た。


お読み頂き、ありがとうございます!


次回選択肢

【牛丼つゆだくで】

【たまには他の物】


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― 新着の感想 ―
[一言] チー牛の選択肢はないんですね
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